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【ジュダジャ】あの時の答えを今、言うよ【シンジャ】

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 思わず叫ぶように口走っていた言葉を耳にしたジャーファルは、不思議そうに反芻して首を傾げた。あどけない仕草は子供みたいで、元来の童顔も手伝ってとても七つも年上の男に見えない。その表情は激しく胸を揺さぶるものだった。
 愛おしい。こいつの事が心から愛しい。たぶん、愛してると言っても良い。
 せっかく大切だと思える相手に会えたのに、せっかく縛り付けられていた闇の力から解放されて自由になれたのに、何故自分はこいつを守ってやることが出来なかったのだろう。何故こいつは腕の中でどんどん儚くなっているのだろう。目の前の事実に耐え切れず、ジュダルは現実を否定するようにぶんぶんと首を振った。
「俺、知ってんだ。俺達が生きてる世界には幾つか捻れた時間軸があって、この世界とは全然ちがう、戦争なんて無い、魔法もジンの金属器使いもいない、マギみてーな特別な力を持った奴だっていない、そんな平和ボケした世界があんだよ」
 ジャーファルの興味を引くのに必死だった。舌が縺れそうになるのを堪えて、一息に捲し立てるように喋り倒す。すると賢明な男は瀕死の状態にありながらも言葉の意味を理解したのか、クスリと面白そうに口元を綻ばせた。
「素敵、ですね」
 争いも無い、不思議な力も無い、不便で平凡で詰まらない世界だけれど、それは日々戦いの中に身を置き、命の危険と隣り合わせに過ごしている自分達にしてみれば、何物にも変え難く尊い、夢のような暮らしでもあった。
 同意を得たジュダルは、だろォ? と語尾を強めて勇気づけるようにジャーファルの掌を強く握り締める。ルフの齎す微かな情報の中に混じっていた少ない知識だったけれど、咄嗟に脳内で捏造した作り話や創造も交えて、まるで見てきた事のあるかのようにジュダルは得意げに喋り続けた。
「すっげぇんだぜ、そっちの世界は。俺は高校っつうガッコに通ってて、お前は大学院ってとこで勉強とか研究とかしてて、なんかめちゃくちゃ忙しいからちょっとしか遊んでくんねーけど、でも俺は一緒にいられるだけで幸せだって思ってんだ。マジで健気だよな」
「…………」
 話しながらポタポタと顎を伝い落ちていく涙が、幾つもジャーファルの頬に当って弾けた。嗚咽を堪えている所為で喉が潰れ、所々閊えて聞き取りにくかっただろうに、文句も言わずにジャーファルは微笑んでいた。その表情は安らかですらあり、益々ジュダルの涙腺を熱くした。
「アンタさ、俺が引っ張り出してやんなきゃ、休みの日も白衣ばっか着て研究ばっかしてっから、しょーがなく外に連れ出してやるんだよ。水族館ってとこに魚みにいって、白い熊見たり、イルカ見たりして。大抵つまんねぇけど、ちょっと楽しかったりしてさ」
 贋作に過ぎない幸せを堰が切ったように喋り続ける。我ながらよくもまあ口から出まかせにペラペラと出てくるものだと思った。
「でも、どっか遊びにいったりしなくても、一緒にメシ食ったり、本読んだり、昼寝したり……そんな時間が一番だなって思えるんだぜ。こっちじゃ考えられないよな、そんな退屈な世界。ほんと、ありえねぇぜ……」
 ハハハ、と乾いた声で笑いながら、実質は顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる。
 遂には空想話も尽きて黙り込んでしまったのに、ジャーファルは新しい千夜一夜の話を聞いた子供みたいな無邪気な笑みを浮かべていいな、と呟いた。
「見たい、な……そんな世界があるのなら」
 行きたいな……とポツリと呟いたきり、ジャーファルの全身を覆っていた微かな痙攣が静かに収まっていった。その時が近付いてきているのだと知り、ジュダルの眼窩から沸騰した涙がボタボタと零れ落ちる。
「見せてやるよ……行きたいなら、俺が連れてってやるよ! だからがんばれよ、負けんなよ!」
 肩に回した腕をきつく引き寄せ、ぐったりと弛緩しているジャーファルの身体を力の限り抱き締めた。血を流しすぎた身体はゾッとするほど軽く、そして冷たくなり始めていた。ジュダルは心の中でばかやろう、と罵倒を吐き捨てる。
「なぁ、おまえさ、俺のこと放っておけないって言ったよな。どうしようもねぇガキだから助けてやりたいって。それってさ、俺のこと、好きなんじゃねぇの?」
 おまえ、俺に惚れてんだろ、とあくまで軽い口調を装って指摘した。ジャーファルの意識を繋ぎ止められるなら何でも良かった。頼むから俺の声を聞いて欲しい。体温を感じて、心を悟って欲しい。こんなにもお前を失えないと思っている気持ちを察して欲しい。自分の力が及ばないなら、後はジャーファルの生命力に懸けるしかなかった。生きようと強い意志を持ってくれるのを促すしかなかった。
「だったら、俺の許可なく諦めてんじゃねぇよっ。いいから目ぇ開けろ、なんでもいいから生きようとしろよ!」
 瞼を伏せているジャーファルの前髪を梳き、形の良い額を露出させる。そこに自分のおでこをくっつけたジュダルは、懸命に心の中で祈りを捧げた。

 ――どうか、届いてくれ……!