明けぬ夜はないものと
『判っておる。ライドウの名は血で継ぐものではなく力で継ぐもの、だとな』
故にこそ、可能性があろう。そう猫は断言した。……才脳? この幼子に? 悪魔召還師としての。
さても荒唐無稽な話だ。老人はかすかに首を振る。道はいまだ見えない。
『お前が育てればよかろう』
老人は視線だけで肩の上の猫を見遣った。
『ウム、それがよい。近頃はこんぷやら昆布やら知らんが、わけの判らぬ道具を使うやつばらが増えてきた。我はあれは好かぬでな』
猫が二度、三度と頷いた。かすかに笑んでいるように見えるが、冗談を口にしているという風ではなかった。耳ざとく会話を聞きつけたのだろう、少女が興味深げに話しかけてきた。
『なになに? この子、ライドウになるの?』
『――さてな。そうなるかもしれんし、ならないかもしれん』
だが一体どうしたことか。これまでの口ぶりはどこ吹く風で猫が嘯く。少女はさして気にした風でもなかった。楽しそうに、そして嬉しそうに背の羽根を震わせる。
『ふうん……?』
少女が笑った。ころころと鈴を転がした響きで。
『この子がライドウ、かあ……なれるかなあ……なるといいな!』
くるり、と少女は中空で回転した。後ろで手を組み、幼子の顔を見る。澄んだ瞳が少女の顔を見返した。まっすぐに、恐れることなく。少女は幼子の鼻にキスをした。
『ねえ君! あたしのこと覚えててね、絶対よ』
「――ピクシー」
『判ってるよライドウ』
半ばたしなめるかの響きを持つ老人の呼びかけに、少女は言う。幼子が必ずしも召還師の道を歩むとは限らない。けれど。
老人は言葉を飲み込んだ。少女は判っている。
『なるかもしれないし、ならないかもしれない。でも』
少女は目を閉じ、胸に手を当てた。
『どっちでもいいから、覚えててほしいなって……それだけ』
幼い姿かたちをしてはいても、彼女は幾年月を自分と共に歩んできた者。老人は頷いた――光栄だ、と。
言いおるわ、小さく猫が呟いた。笑ったような気もしたが、それは果たして苦笑であったのか。
『さてライドウ、いずれにしてもだ。今この子供に必要なのはライドウの名ではなかろうて』
なんと名付ける? 肩の上の猫に問われて、老人は首を傾げた。さて、どうしたものやら。自分がこの大役を務めていいものなのだろうか?
幼子の顔を覗き込む。瞬きをほとんどしない瞳が自分を捉えた――――ああ、いい眼だ。
澄んだ瞳に映っているのは幾つもの未来。そして雲一つない高い空。
どこまでも続く、蒼天の。
作品名:明けぬ夜はないものと 作家名:歪み月