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僕は君の前ではどうしようもなく愚かになるの

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「プールだー!」
「平日だから結構空いてますね」
「俺、ウォータースライダーやりたい!」
「浮き輪取ってきますね」
「後で皆で競争しようぜ!」
雷門中学校から電車で約三十分のところにあるレジャープールには、流れるプールをはじめ、競泳用プール、ウォータースライダー、波が出るプールなど様々なスポットが用意されていた。
「おいおい、皆あんまりはしゃぐなよ。プールサイドでは絶対に走るんじゃないぞ。基本自由行動だけど、安全確認のために休憩時間は中央の時計台前に集合だからな」
三国は保護者のように皆に注意し、皆元気よく「はーい!」と良い返事をするのを南沢はすこし離れたところから眺めていた。
(まあずっと皆と行動するわけじゃねーから、いいか……)
二人きりで楽しむ時間もあるだろう。南沢はそう楽観したが、それはとても甘い考えに過ぎなかった。
皆を誘ったという事実から、引率者としての責任をふんだんに発揮した三国は、プールで泳ぎながらも皆の様子を始終確認していた。
浮き輪がはまって抜けなくなった天城を助け、プールサイドで釣りをしていた浜野を注意し、流れるプールをダッシュトレインで逆走しようとする車田を止め、速水が無くした眼鏡を探すのを手伝い、レジャープールに初めて来て戸惑う神童に楽しみ方を指導したりとあちこちを駆け回っていた。

(全然っ、二人きりになれねぇ……!)

面白くない南沢は自分の気分をとても素直に物に当てつけた。地面にたたきつけられた浮き輪は弾んで倉間の頭に命中し、倉間が抗議の声をあげたが南沢は無視した。


三回目の休憩時間、天城の「お腹空いたど」の台詞をきっかけに、皆で軽食をとることになった。
「せっかくだから、ジャンケンで負けたやつが罰ゲームで買いに行くってのはどうだ?」
なにがせっかくなのかわからない車田の提案を南沢は却下した。
「んなもん後輩にやらせればいーじゃん」
「そうですよ、先輩」
「先輩方にそんなことさせられません」
萎縮する後輩たちを三国は鷹揚だった。
「まあまあ、今日は部活じゃなくて遊びだから。無礼講ってことで気にするな」
「よし、決まりだな! じゃーんけーん!」
ほい。
三国と南沢はチョキ、他の皆はグーを出した。
「全員分じゃあ重いから、二人で決まりだな」
「先輩、すみません……」
全員分の注文を聞き、売店へ向かう道中。南沢は念願の三国と二人きりになることを果たしたが、まったく機嫌は良くなかった。
「南沢、楽しんでるか?」
そんな南沢に気づいてるのか気づいていないのかよくわからない質問を三国は投げかけてきた。
「全然」
南沢はわざと思い切り不機嫌な声で返事をした。ところが、三国は清々しいほど見当違いな方向にそれを受けとった。
「……もしかして、あんまりプール好きじゃなかったのか?」
あまりの返事に、南沢はただただ呆れた。
面白くなさすぎて、最早なにに苛ついてるのかわからなくなってしまいそうだった。
結局、買い物を終えて皆のところへ戻るまで二人の間にそれ以上の会話はなかった。


「買ってきたぞー」
「待ってましたー!」
「さんきゅー」
「すみません、先輩」
「あざーす!」
プールからすこし離れた場所に設置されたテーブルの上に、三国は手際よくそれぞれの食べ物を並べていく。
それを手伝おうとした霧野は、あることに気づいた。
「先輩、その子どうしたんですか?」
「え?」
霧野の目線は三国の後ろ、やや下にある。三国はその目線をたどって振り向けば、自分の足元に小さな男の子が立っていてこちらを見上げていた。
「誰?」
「なになに?」
「どうしたんだ?」
全員の視線が三国の背後の子どもに集中すると、子どもは怯えたのかいまにも泣き出しそうなほどに顔をゆがめた。
「もしかして、迷子?」
「えー、大変じゃん」
三国は子どもと視線の高さを合わせるようにしゃがみこんだ。
「僕、どうしたんだ? お母さんとはぐれたのか?」
子どもは黙って小さくうなずいた。
三国はその子どもの頭に手をポンと置いて、撫でてやった。すると子どもはようやく安心したようにすこし笑った。
「俺、この子を迷子センターに連れて行ってやるよ。皆、先に食べててくれ」
子どもの手を引いて、歩いて行く三国の背中を皆が見守った。
「三国先輩って、本当お母さんって感じっすね」
浜野の台詞に、「それを言うならお父さんみたいだろ」とは誰も訂正せずにうなずいた。