耳としっぽとハロウィーン
「えっと、…ダメか…?」
だからなんで、そんなしょげた犬のような目をするんですか!
借金などしたことのない帝人だが、ちょっとだけ、某金融会社のCMが理解できてしまった。確かに、こんな目でじっと見つめられたら無下には振る舞えない。
「あの、…今渡せるお菓子がなくって」
「そうか」
「お菓子はたくさんあるんですけど、人から貰ったものをそのままっていうのも失礼ですし。あの、よかったらコンビニで買ってくるので、」
「じゃあ、悪戯していいんだよな」
「へ?」
確かに、お菓子をくれない人間には悪戯していいことになっている。が、静雄の意図がわからなくて、帝人はかくりと首を傾げた。
「悪戯するんですか?」
「ああ」
「静雄さんが、僕に?」
好奇心って恐ろしいなと、帝人は改めて思った。静雄の悪戯。それはいったいどんなものだろうと、明らかに興味を持っている自分がいる。
正臣がそばにいれば、全身全霊でやめろと訴えただろう。場合によっては帝人の手を引いて逃げ出したかもしれないが、今、帝人の好奇心を反らしてくれる者はいない。
「じゃあ、どうぞ」
言って、花が咲くように笑った。もちろん無意識だ。
それを見た静雄が、微かに頬を染めて視線をそらした。腕を引かれてそのまま広い胸に抱き込まれる。なにを、と問う間もなく抱きしめるように回された腕が、背中を滑って腰をくすぐる。
「ひゃ…、わっ」
「悪戯っていや、やっぱこれだろ」
「やっ、くすぐった…、んんッ」
逃れようと身を捩るが、やんわりと押さえ込む腕はびくともしない。散々くすぐられて、もう無理だと訴えて、ようやく解放された頃には涙目になっていた。
「酷いです…」
「でもお前、なにされるんだろうって、興味津々だっただろ?」
「う…」
その通りだから返す言葉がない。だって仕方がないじゃないか。静雄自身は自分のことをとかくネガティブに捉えがちのようだが、帝人にとってその力は、純粋な憧れと羨望でもあるのだから。
けれど、帝人はこう見えても相当な負けず嫌いだ。言い負かされたのが悔しくて、意趣返しに躍り出た。
「静雄さん、『Trick or Treat!』」
「え、」
「お菓子は持ってませんよね。悪戯してもいいですよね?」
「コンビニに、」
「ダメです。僕は、静雄さんに悪戯したいんです」
にっこりと笑えば、困ったような顔でため息を吐かれた。が、サングラを外すと、好きにしろと呟いて帝人に向き直る。
「……」
勢いで言ったもののどうするかは決めてなくて、帝人は自分に出来そうで静雄をキレさせることのないような悪戯を懸命に模索してみた。
くすぐるのは逃げられそうだし、真似てるだけでつまらない。猫なんだから猫らしいことはどうだろうと、思いついて、帝人は静雄をじい、と上から下まで眺める。首、…はさすがにまずいだろう。顔は微妙だから避ける。となると腕か指。太さからいってやりやすいのは指か。
「静雄さん、手を出してください」
「こうか?」
「えっと、手のひらじゃなくて下向きで」
「ああ」
差し出された手をそっととって、指をじっと見つめる。大きな手だけれど、触った感じは普通の人と変わらない、柔らかい手だ。ちらりと静雄を盗み見て、かぷ、と帝人は人差し指に噛みついた。
「うあ!!?」
つけ根辺りの柔らかい肉を食みながら上目遣いに窺えば、静雄は目を丸くして帝人をじっと凝視している。怒ってる雰囲気ではないが、これは、ひょっとしてハズしてしまったのだろうか。
「にゃ、にゃあ…」
「……」
猫の真似だと訴えるつもりで慌てて付け足せば、帝人を凝視していた顔がなぜか真っ赤に染まる。
「あ、あの、…」
「ワザとか? お前、ワザとやってんのか!?」
「え? え???」
なにがワザとなのかがわからずに首を傾げれば、もういいとため息を吐かれた。わからない。なにがなんだかさっぱりわからない。
「まあいい。…ところでお前、時間あるか?」
「あ…、この後学校に戻らなきゃいけないんで、あまり」
「じゃあ5分、いや、3分」
「いえ、そのくらいは全然大丈夫です」
「じゃあ来い」
手を引かれるまま大人しく着いていくと、静雄は大通りに面した洋菓子店へと入っていった。テイクアウトのプリンで有名な店だ。断る間もなくどれにする、と聞かれ、悩んでいるうちにイラだった静雄が勝手に全種類注文してしまった。
大きな箱を受け取り、申し訳なく思いながらも礼を言とくしゃくしゃと頭を撫でられる。
「ありがとうございます」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「静雄さんも、お仕事頑張ってくださいね」
「おお、サンキュ」
ひらひらと手を振って去っていく静雄を見送り、携帯を見れば、そろそろ待ち合わせの時間が迫っていた。今から戻ればちょうどいいだろう。
腕に抱えた戦利品に、正臣の驚く姿を想像するとなんだかおかしくなって、帝人はこっそり笑みを漏らした。
作品名:耳としっぽとハロウィーン 作家名:坊。