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耳としっぽとハロウィーン

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2.ワゴン組


 
 
 
 
見知らぬ人に声をかけて、事情を説明してお菓子を貰うなんてワザは帝人には高等すぎる技術だ。事情を知らない人間に、いきなり『 Trick or Treat 』などと言ってもいいのだろうか。あるいは、ちゃんと趣旨を説明した上でお菓子をくださいとお願いした方がいいのか。
街路樹の脇にたたずんでしばらくの間通り過ぎる人並みを眺めていたが、誰に声をかけていいのかがわからない。その判断がつかなくて、けれど2時間ただぼーっとしてるだけというのはさすがに情けないし、もったいないと思った。
誰か知り合いがいればいいんだけどと、ふと露西亜寿司の辺りに行ってみようかと思いつく。ロシアにハロウィンの習慣はあるのだろうか。なかったとしても、取り敢えず誰かに声をかけてはみた、という実績にはなる。
よし、と立ち上がり大通りへと歩き出したところで、帝人は道路わきに見知った顔を見つけた。珍しく、今日はその周りに他のメンバーの姿がない。
「門田さん、こんにちは」
「ああ、…ってお前、竜ヶ峰か」
「学校で、ハロウィンのイベントをやってるんです」
声をかけると、門田は気さくに挨拶を返してくれた。事情を説明しようとすると、さっき紀田にあったと笑って言う。
「悪いな。狩沢なら、飴くらい持ってると思うんだが」
「とんでもない! あの、今日はおひとりなんですか?」
「駐車場がなくってな、俺は車の番だ。他のやつらは、本屋に行ってる」
あっち、指差す先は本屋というか、本以外のものも置いてある店だ。ああなるほど…、と納得していると、門田が首を傾げた。
「で? お前のそれは、なんの仮装なんだ?」
「ええと、一応吸血鬼のつもりなんですけど」
「ああ、……………吸血鬼か」
「そうですね、見えないですよね。ええ、わかってますけど、一応吸血鬼なんです」
「そうか」
「はい」
いろんな意味で誠実な人だから、嘘がつけないんだろう。まあ、特になにをするでもなくただマントを着けただけなのだから仕方ない、…と思うことにしよう。
と、がしっと後ろから抱きつかれて、そのまま前のめりになった身体を門田が支えてくれた。
「うっそ! 可愛い! みかぷー可愛い!!」
「ええええ!? 吸血鬼ですよ、可愛くなんかないですよ!」
「帝人くんなら、メイド服とかケモ耳とかでもいけそうですけどねぇ」
「メイド服!? そんなの視覚の暴力ですよ!!」
「流行のフリフリじゃなくって、みかぷーだとゴシック調のストイックな服ね」
「いや、着ませんよ?」
「それだと、東向こうの店ですかね」
「いや、着ませんよ!?」
なんだろう、怖い。目が怖い。
じりじりと後ずさりながら助けを求めて視線をさまよわせるが、さっきまでいたはずの門田の姿が忽然と消えていた。
「ね、お決まりのあれ言ってよ!」
「え? ああ…、『 Trick or Treat 』」
そう言えば、そもそもこれは仮装を披露するイベントじゃなくて、お菓子を貰ってその数を競うというものだった。思い出して『お決まりのセリフ』を言うと、にんまりと顔を見合わせて、狩沢と遊馬崎がハモる。
「「Trick!」」
「……、え?」
当然のように返されて、一瞬、どっちがどっちだっけとわからなくなった。いや違う。正しいのは『 Treat 』だ。
「すみません、あの、やり直しますね。『 Trick or Treat 』」
「「Trick!」」
「……」
思っても見なかった反応だ。どうすればいいのかわからずに目を丸くしていると、ずい、と悪戯っぽい笑みを浮かべたまま狩沢が一歩近づく。
「さ、どんないたずらでもどーんと来いだからね! 私じゃなくて、ゆまっちかドタチンにいたずらしてもいいのよ、むしろそっちの方が大歓迎!」
「うーん? ま、帝人くんのいたずらって言われると、されてみたい気にならないでもないですけどねぇ…」
「でしょでしょ!?」
「でも、狩沢さんの望む展開にはならないっすよ? ほら、帝人くん固まってるし」
「…お前ら、子供で遊ぶな」
ため息交じりの声は門田のもので、助け舟にホッと息をつく。が、逃げる間もなく「じゃあ、いたずら出来なかったから罰ゲーム!」と狩沢に腕を引っ張られた。そのままワゴン車へと押し込まれ、倒した後部座席の上にうつぶせに引き倒される。
「なにっ…、ちょ、なんなんですか!!」
「いいから、いいから」
「大丈夫。慣れてるから、じっとしてたらすぐ終わるっすよ」
「えええ???」
狩沢が頭を、遊馬崎が腰の辺りをなにやらいじっている。暴れれば逃げられないでもないだろうが、そうは出来ないのが帝人の帝人たるゆえんだ。大人しく、けれども不安な面持ちで大人しく作業が終わるのを待っていると、10分足らずで開放された。
おそるおそる頭に手を伸ばすと、耳の上数センチの所にもふっとした手触りを感じる。見えないのでわからないが、これはアレだ、ひょっとしてさっき正臣が頭につけていたのと同じ物ではないのだろうか。
慌てて首を後ろに向けると、視界の端にちらりと黒く細長いものが映る。腰に手をやれば、同じように柔らかな毛触りがして、どうやらしっぽがついているらしいと予想できた。
「狩沢さん!!」
「はい、チーズ☆」
 
 
 
 
作品名:耳としっぽとハロウィーン 作家名:坊。