耳としっぽとハロウィーン
3.臨也
瓶を凝視したまま、どうしようかと帝人は頭を悩ませていた。この際猫耳は仕方ない。百歩譲って諦めるとして、問題は着ている服と今の姿が全く合っていないということだった。
例えばこれが普段着に耳なら、仮装としてはそこまでおかしくはないと思う。けれど帝人が今来ているのは学ランのズボンにシャツ、その上にマントという出で立ちで、おまけに蝶ネクタイまでつけている。
マントとネクタイを取ってしまえば、まだマシかもしれない。が、そうすると今度はしっぽがくっきり見えてしまう。ちなみにしっぽは、尻ではなく腰の辺りに着けられていた。ちょうどベルト通しの少し下くらいで、つけ根の部分がギリギリズボンで隠れるという無駄に絶妙な位置だ。
このまま帰って、家で普通の服に着替えてこようか。まだ時間もあるし、いやどうせ家に帰るなら耳を取り外すという選択肢もある。
とにかく一旦家に帰ろう、と思い立ち上がったところで、帝人は誰かにぶつかってしまった。慌てて謝罪を口にしつつ顔を上げると、どこかぽかんと呆けたような臨也の顔があった。
「…なにそれ?」
こんなふうに、臨也が率直に驚くのは珍しい。その顔でまじまじと見つめる視線は、当然頭の少し上。
「あの、学校で仮装のイベントがあって、それで」
「…そういや、吸血鬼の格好した猫のキャラクターとかあったっけ。それ?」
「そんなのあるんですか? えっと、これは普通の吸血鬼のつもりだったんですけど…。耳付けられちゃって、簡単には取れないんです」
「さわっていい?」
「どうぞ」
もふ、と耳を掴んだ臨也が慎重にそれを引っ張る。軽く左右に揺らし、つけ根をそっと覗き込むようにして、感嘆の声を上げた。
「これ、特殊メイク用のちゃんとしたやつだね。専用の溶剤で落とさないと取れないよ?」
「あ、はい。これで落とすようにって」
「うん、これなら大丈夫。―――じゃ、行こっか」
「え?」
脈絡のない会話に反応が遅れて、引かれるままに後を着いていく。途中で我に返ったが、たたらを踏もうにもぐいぐい引かれて立ち止まることも出来ない。
家に帰るつもりだったのに、とか、どこへ行くんですかと言う間もなく、少し歩いただけで臨也は1軒の店に入っていった。どう見ても、安い服などおいてそうにもない高級ブティックだ。店内を進む間に無造作に2、3着手にとって、鏡のない試着場の前でそれを手渡される。
「試着室はそこ」
「そこって、あの、」
「俺に着替えさせろって言うんなら、この場でひん剥くよ?」
「着替えてきます」
カーテンで仕切られた半畳ほどのスペースに入り、帝人は改めて渡された服を広げてみた。黒いレザー調のズボンにタイトな黒いTシャツは、素材こそ良さそうだがデザインはごく普通のありふれたものだ。が、値札はすでに取られていたがこの店の服となると、普段帝人が着ている服より確実にゼロが1個は多いだろう。
買えるはずもないのに、着てしまっていいのだろうか。いや、試着だからいいんだろうけど、冷やかしなんだし。
そんなことを悩んでいると、カーテンの外から催促が来た。仕方なくマントを脱いで、シャツとズボンも脱ぎ捨てて代わりの服に着替える。試着室を出て鏡を見ると、真っ黒な服に黒い耳、黒いしっぽの自分の姿が映っていた。なんというかもう、猫のコスプレにしか見えない。
「ハロウィンって、お化けの格好するんじゃなかったでしたっけ…」
「化猫ってことでいいんじゃない?」
「そういうのは、女子がやるから可愛いんですよ。男がやったって似合いません」
「帝人くんは似合ってるよ」
「…そういうことにしときます」
黒の上下に耳としっぽ。普通に考えて、高校生男子がそんな格好したって似合うはずもないじゃないか。
そう思って、ふと臨也を仰ぎ見た。性格はさて置き、顔は文句なしのイケメンだ。これくらい整った顔立ちをしていたら、あるいは猫耳も似合うのかもしれない。いわゆるギャップ萌えというやつだ。
「え、なに? なんで見てるの?」
「臨也さんは、猫耳似合いそうですね」
「似合わないよ! 20歳過ぎて猫耳とかあり得ないから!」
「高校生に猫耳だって無茶ですよ!」
着脱可能なら試してみたかったけれど、残念ながら耳は帝人の頭にがっちり取り付けられている。今度狩沢にスペアがないか聞いてみよう、などと企んでいると、そうとうお気に召したのか、臨也が耳をもふもふと撫でた。
「せっかくだから、あれ言ってよ。お決まりのやつ」
言われて、今日のイベントの趣旨を思い出す。吸血鬼から化猫にチェンジさせられてしまったが、こうなったらもうやけくそだ。
「じゃあ、『 Trick or Treat 』」
「Trick!」
「いえ、もうそのネタは結構ですから!」
「ネタじゃないよ、悪戯がいいんだ」
なんなのもうこの人たち!と、帝人はひとくくりにして泣きたくなった。どうしてこう誰も彼も、普通の反応を返してはくれないんだろう。
「さ、帝人くんはいったいどんな悪戯をしてくれるのかな?」
「だから、悪戯じゃなくってお菓子を選択してくださいよ…」
「ヤダ。そんなの面白くないじゃん」
「そんな難しい要求されても困るんです!」
悪戯といわれても、小さい頃から悪戯などしなかった帝人には、なにが悪戯になるのか思いつかない。こういうのって正臣は得意そうだよなぁと思い、彼だったらどんな悪戯をするだろうかと考えた。―――考えて、臨也を見つめる。
作品名:耳としっぽとハロウィーン 作家名:坊。