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耳としっぽとハロウィーン

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「あの、手を出して貰っていいですか」
「うん」
「えっと、手のひらじゃなくて下向きで」
「これでいい?」
「はい」
素直に差し出された臨也の左手を右手で取って、さらに自分の左手をその指を覆うように乗せる。
「じゃあ、力抜いててくださいね」
「うん」
なるようになれ、と息を吐き出して、帝人はひと息に臨也の左人差し指から指輪を引き抜いた。
「お、お菓子をくれなきゃ返さない、ぞ! …です…」
が、言おうと決めてたセリフに途中で照れてしまい、思わず顔が熱くなる。おまけに臨也は呆気に取られたような顔をしていて、いっそう羞恥に襲われた。
だから、僕には無理なんだってばこういうの!
「…渡さなかったら、それずっと持っててくれるんだ?」
「え?」
幅広のリングは、素材はわからないがずっしりと重い。仮にシルバーだとして、それでも臨也の持ち物なんだからそれなりの値段はしそうだ。
「あ、いいえ。お返します」
「なんで? 俺、いま手ぶらだよ。お菓子なんて持ってないし」
「いえ、あの、…冗談っていうか、」
「いいから、ちょっとはめてみなよ。俺とおそろい」
「え? あ」
臨也がリングを取り上げて、それを帝人の右手人差し指にはめる。が、予想通りサイズが合わず、それどころか中指も親指ですら緩かった。
「ちょ、帝人くんてばどんだけ指細いのさ!」
「僕は普通です!」
「これ、確実に3号は違うよね。うーん、これじゃ確かに意味ないか…」
「落としたら勿体無いんでお返しします!」
ちょうどいいとばかりに指輪を押し付けると、臨也はすんなりとそれを受け取った。ごねられるんじゃないと思っていただけに、拍子抜けもしたが、ホッと息を吐く。
「じゃ、行こうか」
「あ、じゃあ服着替えます」
「なんで? あげるよ、それ。着てた服と荷物は自宅に届けとくね。はい、これ」
「え?」
こんな推定 ・ 高い服!と反論するより先に、鼻先に紙袋を突きつけられた。思わず素直に受け取ってしまって中を覗くと、コンビニのビニール袋と一緒に可愛らしくラッピングされた包みが入っている。
ビニール袋は門田から貰ったものだ。荷物をまとめてくれたのだろう。包みの方を取り出せば、きれいに巻かれたリボンの脇に帝人も聞いたことのある有名店のシールが貼られていた。テレビで何度も見たことのある、チョコレート専門店だ。
「……お菓子は持ってないって」
「持ってなかったから、買ってきてもらったの。チョコって栄養価も高いから、しっかり食べてもうちょっと肉つけなよね」
「これから大きくなるんです! ごつくなって、いつか臨也さんを見おろしてやるんですからね!」
「はいはい、来世に期待してるよ」
「来世!?」
酷いと抗議しようとすると、宥めるように頭を撫でられた。いや、耳を。本当に気に入ってるんだなぁと肩を落とすが、子供扱いにはやはりちょっと腹が立つ。でも拗ねると子供っぽいしと複雑な顔で睨みつけると、頬をきゅ、っと引っ張られた。
「ほらほら、そんな顔しないの。せっかくだから一緒にご飯でも、―――」
「臨也さん?」
店を出て、誘うように歩き出した臨也が不自然に動きを止める。露骨に嫌そうな顔をして、はあ、とため息をついて見せた。
「…ご飯でも食べよう、って言いたかったんだけどね。残念だけど、今日はここまでかな」
「え?」
「じゃ、ちゃんと食事はご飯を食べるんだよ? お菓子を晩ご飯にしないように」
「そんなことしませんよ」
「お菓子じゃ身長は伸びないからね。じゃ」
「あの! 服、ありがとうございます!」
慌てて声を投げると、ちらりと振り返った臨也が満足そうな笑みを浮かべて走り去っていく。こんな風に慌しく去ってしまう理由がひとつしか思い浮かばず、周囲を見回して耳を澄ましてみるが、特に異変はない。唸るような声もなく、標識もポストも飛んではいない。
本当にただ忙しいだけだったのかな、と首を傾げて、帝人は臨也が去っていった方角をしばらくの間じっと眺め続けていた。
 
 
 
 
作品名:耳としっぽとハロウィーン 作家名:坊。