耳としっぽとハロウィーン
4.セルティ&新羅
人通りの少ない道に移動して、ガードレールに腰かけて袋の中を覗く。人数こそ2人だが、菓子の量はかなりのものだ。これだけあれば十分参加者としての義務は果たせただろう。帝人は、あとは合流時間までここでじっとしていようと決めた。
臨也と別れた後この姿で歩いていたら、何組かの女性に声をかけられたのだ。耳にさわらせて欲しいと頼まれたのだが、正直帝人としてはどこまで本気でどうしたらいいのかがさっぱりわからなかった。当然あしらい方もわからず、逃げるように駆け去ってしまったのだが。
まあ、しっぽといい耳といい本当によく出来ていて、ぱっと見にはコスプレを通り越してパフォーマンスで通るレベルだから、なにか勘違いされたのかもしれない。
自分の仮装姿をまったく似合っていると思っていない帝人は、携帯片手にやっぱり帰ろうかと悩み続けていた。耳を外すには微妙な時間だが、街中にとどまってこれ以上悪目立ちするのは避けたい。
うん、帰ろう、そして隠れていよう。実行委員には悪いけど。
…などと後ろめたく思っていたせいもあって、ぽん、と誰かに肩を叩かれて思わず飛び上がった。
「うわああああ!」
『す、すまない! そんなに驚くとは思わなかったんだ! 本当だ!!』
わたわたとかざされるPDAが大きく上下にブレて、ちょっと文字が見づらい。もちろん誰かなどと問うまでもない、池袋の都市伝説だ。
「すみません…、ちょっと考えごとしてたもので」
ぺこりと頭を下げると、なにやら打ち込もうとしていたセルティがふと動きを止めた。どこ見てるんだろうと後ろを見るがなにもなく、ヘルメットの角度はこころもち上向きだ。これはひょっとして、ひょっとしなくてもコレを見ているのだろう。
「あの、コレはですね…」
『みみみみみかどにみみがみみが』
「お、落ち着いてください」
『帝人が猫に! いや犬か!? 突然生えてきたのかそれともそういう種族なのか!!? まさかリトルグレイの親戚だったりすrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr』
「あの、これ作り物ですから! とにかく落ち着いてください」
『sounanoka?』
「…入力が半角英字のままですよ」
あまりなうろたえぶりがおかしくてくすくす笑いながら指摘すると、ようやく落ち着いたのかセルティがそっと胸を抑えて見せた。ホッとした、というジェスチャーなのだろう。
『取り乱して悪かった。 …そうなのか? 耳が生えてきたんじゃなくて?』
「ただの仮装です」
『仮装? そうか、最近は日本でもハロウィンをやるんだったな』
「はい。―――あ、そうだ。セルティさん、『 Trick or Treat 』」
悪戯っぽく声を上げると、セルティが今度は目に見えてわたわたと動揺し始めた。アイルランドの妖精ならこうした習慣にも馴染んでいるだろうと、その目論見が外れて帝人も驚く。
「セルティさん?」
『すまない。まさか聞かれると思わなかったから、なにも用意してないんだ。もっと早く知っていれば家で準備して―――いや、そうだ、待っててくれ。今から家に戻ってクッキーを焼いてくる!』
「いいですいいです、そこまでしなくていいですから! あの、ホントに、お気持ちだけで結構です…」
『でも、ハロウィンには菓子だろう?』
「他の人からも貰ったので。あの、そんなにお菓子ばかり貰っても食べきれないですし…」
『そうか。なら肉にしよう。肉』
「え…っと、でしたらみんなで、そう、今度みんなで一緒に食べませんか? 焼肉パーティとか」
『おお! それがいいな。そうしよう』
うきうきと影で音符をつくり出す妖精に、どうやら誤魔化せたようだと息をつく。ハロウィンから遠ざかった気もするが、菓子ばかりあってもしようがないのも本当だ。
「セルティさんはお仕事中ですか?」
『そうだ、そのことで聞こうと思ってたんだ』
書かれた文字に首を傾げる。なんのことかと問えば、曰く、臨也から荷運びの依頼がきたのだという。
『今から指定の店に行って、そこで受け取った荷物を帝人の家まで運べという依頼だったんだ。もし臨也になにかちょっかい出されいるのなら、私があとで絞めておくが』
「いえ! あの、…この服、さっき臨也さんが買ってくれて。依頼の荷物って、多分、僕が着てた服のことだと思います…」
この程度のことにわざわざセルティを使うだなんて、もちろん臨也はワザとだろうが、帝人にして見れば赤面ものだ。だが、自分で持って帰ります、と言えばやんわりと拒絶されてしまった。
『これが私の仕事だからな。大丈夫、そういうことなら【顔見知り価格】で請求するさ』
「はあ…」
お友達、とはさすがに言いたくなかったらしい。仕事情のことに口を出すのもはばかられて、帝人はおとなしく引き下がった。セルティの言う顔見知り=特別価格は、この場合「多めにふんだくってやる」という意味だが、帝人は素直に『お友達価格』のニュアンスで受け止めている。
『それより、その、さわってみてもいいか?』
「どうぞ」
ふわ、っと頭に置かれた手が、柔らかい手つきで猫の耳を毛並みに添って撫でていく。遠慮がちにしっぽをつついて、本物とは違って動かないそれを握ったり離したりしている。ヘルメットで覆われたセルティの表情は読めないが、首の辺りを取り巻く影がハートマークを作っては消えていくのがちょっとシュールだ。
やっぱり女の人はこういうの好きなんだなぁと、そんなふうに思った。自分じゃなくても、多分女性はみんなこういう反応なんだろうなと、そう思うとちょっと淋しいような、気恥ずかしいような気分になる。
『? どうした?』
「あ、いいえ。ちょっと肌寒いかなぁと思って」
作品名:耳としっぽとハロウィーン 作家名:坊。