しーど まぐのりあ4
「まあね。僕は、倒れる国を観察するのが仕事だからね。ヤマトには出向いていたからさ。」
「おっさんたちのエロ話はいいから、説明してくれよ。どうなんだ? ヤマトは。」
鷹と虎は気が合うので、いつも会話はこんなものから始まる。ちんたらとやられてはたまらないから、アスランが遮って本題に入らせる。
「ご想像通り、現在、逃亡した第三皇子を捜索中だ。彼が立太子するのは間近だったらしくてな、あの皇子の首を刎ねなければ、安心できないというところだろう。聡明で慈愛に溢れた皇子という、近隣のもっぱらの噂だ。あれを旗頭にされれば、暴動が起こるのは確実だ。」
「それで、オーブのほうは? 」
「そっちも捜索しているみたいだ。自国の皇女が、第三皇子と共に逃亡していると、向こうから責められている。」
キラの姪は、オーブの皇女だ。それも、現在の王と王妃の一粒種である。いずれは、女王となる身分である。それを理由に侵略されるのは困るから、キラを捕らえて差し出すつもりだろう。
「つまり、ヤマト王は、侵略については、ある程度、予想していたわけか? 」
「そういうことだろうな。キラさえ逃がせば、ヤマトは復興できると考えていたのだろう。大国オーブを後見にすれば、問題はないだろうからな。」
しかし、目論見は外れた。キラは、この街に辿り着き、すでに自国の復興なんてものは念頭にない状態だ。それに、力を貸してくれるはずのオーブも、キラを差し出すつもりである。つまり、ヤマトという国は完全に滅ぶ結果になった。
「やっぱり、ほとぼりが冷めるまで隠すのが最適ってことだよな? 」
「ここにいれば問題はない・・・いや、あの皇女が問題だ。この街に出入りできるだろう。」
この街は、亡国のものがほとんどで、普通のものは入れない。確かに、汽車は停車するし、それなりの他国との流通もあるのだが、居つくことは出来ないようになっている。ただし、何ヶ月か、ここで過ごしてしまったオーブの皇女は、ヤマトの血を引いているのと相まって、ここに立ち入ることが可能である。道案内に連れ出されたら、簡単に、この街はみつけられる。
「ねぇ、みなさん。キラをしばらく、私の館に滞在させてはいかがです? あそこなら匿えます。」
なんなら買い取りますわ、と、朗らかにラクスは提案する。キラを売り払ってしまったと言えば、そこからの追求は逃れられる。
「その程度では駄目だ。次の転売先を追及されるだろう。」
「なあ、逃げたことにして、俺のところで新婚生活を・・・」
「戯言は後にしろ、アスラン。」
「失敗したな、物忘れのクスリでも飲ませてから汽車に乗せるべきだったぞ、その皇女。」
「今からでも、そうするか? まだ辿り着いて間もないから動いていないはずだ。」
ふむ、と全員が、その虎の意見に賛同しかけた途端、バタンと扉が乱暴に開かれた。「ええっ」と、ディアッカは、その乱暴ものを目にして叫んだ。
「おまえらぁ、キラを倒れるまで働かせるとは何事だ? キラは未成年で、過酷な労働に適していないっっ。」
叫んでいる内容も内容だが、叫んでいるのが、噂のオーブの皇女だ。それから、ほどなくキラも裸足で走ってきて、「すいませんすいません。」 と、ぺこぺこと頭を下げている。
「誰? 」
「噂の皇女様。」
「キラっっ、おまえ、主人の命令に逆らうとは何事だっっ。」
「すっすいません、すいません。でも、この子が戻って来ちゃって・・・・それに、とんでもないことを。すいません、すぐに下がります。ちゃんと説明して、もう一度、汽車に。」
姪を背後から掴まえて、ぺこぺこと謝罪を繰り返している、第三皇子は、自分の着衣の乱れも忘れている。ほっそりとした鎖骨が、乱れた襟元から見えているし、足元も艶かしい生足が、太腿近くまで露出している。
「うわぁ~ますます艶っぽくなってるな、鷹さん。」
「マリューが働かせてたんだと。」
ぺこぺこと平謝りのキラを目にして、虎のほうはひゅーと口笛を吹く。立太子直前の第三皇子は目にしていたが、実物大のキラは、さらに可憐できれいになっていた。マグノリアで働いていたということは、そういうことだ。
「残念だ。俺がいたら、アイシャのところへ引き取ったのに。」
「こらこら、あんたのところは女性の娼婦さん専用だろ? 」
虎の連れ合いは、月下美人という名の娼館を営んでいる。ただし、こちらは女性の娼婦だけという陣容で、仲良く、マリューと住み分けをしている。
「おまえらっっ、わけわかんない話してないで、私の話を聞けっっ。」
鷹と虎の世間話然とした遣り取りに、カガリが吼える。キラが背後から羽交い絞めにしていなければ、確実に殴りかかっただろう。駄目、駄目とキラは必死に止めているのだが、暴れているほうは容赦なく暴れる。
「お願い、カガリ。僕の話をきいて。」
「うるさいっっ、キラは騙されてるんだっっ。こいつら、グルになってキラは理不尽なことをされているんだっっ。絶対に、そうだっ。」
「ちっ違う、違うから、お願い、落ち着いて。」
自分の姪は癇癪持ちだ。こうなったら、なかなか落ち着いてくれないことは経験上、よく知っている。だが、この場で、そんな騒ぎを引き起こされては、キラも困る。ただでさえ、キラは、数日働いていないのだ。それだけでも申し訳ないのに、さらに、罵声まで主人に浴びせられては、大変なことになる。下手にカガリに危害が加えられないように、しなければならない。大切な姪なのだ。殴られたり蹴られたりしたら、カガリは、何をするかわかったものではない。必死に連れ出そうとするのだが、十歳ともなると、かなり力はあるから、上手く連れ出せない。しまいに、キラのほうがクラクラと目の前が廻って両手を離してしまった。
「キラッッ。」
飛び出したカガリは、鷹と虎に殴りかかり、ふたりに簡単に掴まった。突き飛ばされるように倒れたキラは起き上がれずに床に沈んでいる。イザークがアスランよりも早く、そのキラを抱き上げる。
「ディアッカ、医者だっっ。ラクス、離れのほうを確かめてくれ。」
「ダコスタ、離れの寝台と着替えです。」
「アスラン、キラを運べ。鷹、虎、そいつを捕まえておいてくれ。」
イザークが指示を出し、アスランの手にキラを渡す。ラクスは、一足先に離れへと戻ろうと駆け出している。ここ数日、寝込んでいた病人だ。この騒ぎについていけるはずがない。よくよく不憫なやつだと、イザークは同情する。この姪さえいなければ、楽に、ここの住人になれだのだ。静かに、ここでの生活を受け入れ、自分の国を記憶するものが誰一人いなくなる、その日まで生きているだけでよかった。それぐらいのことなら、身体を売ることなどしなくても十分に暮らしていけたはずだ。この街に辿り着くもの、それも国の存在を束ねていたものは、その国が忘れ去られるまで年を取らない。完全に忘れ去られた時、時間は動き出す。かなり過去のものとなったであろうラクスや虎と鷹、イザーク、ディアッカの国は、大国であったがため忘れ去られるまで時間がかかる。だから、この街の管理をしている。
作品名:しーど まぐのりあ4 作家名:篠義