しーど まぐのりあ4
無理がたたったキラは、また熱を出し、医者から「絶対安静」を命じられることになった。そこで、自分が治療したカガリを目にして、「あれ? 」 と医者は素っ頓狂な声を上げている。
「キラ君に返してもらったはずだろ? きみは。」
「キラだけ置いて帰れない。」
「えっ? イザーク、これはまずいんじゃないのかよ。」
医者のほうは呆れている。その子供が何者であるかまでは知らないが、それでも、この街は子供の居てよい街ではないからだ。この街は亡国のものが辿り着くためにある。ゆっくりと滅びるまでの時間を過ごす場所で、成長する子供というものは、その空気とそぐわない。そのため、子供の成長は著しく悪いし、この街にいると体調が悪くなる。カガリの肺炎がなかなか完治しなかったのも、そういう理由があってのことだ。実際に治療した医者も、たいへん苦労した。
「戻って来てしまったんだ。ガキは、これだから困る。ミゲル、キラの容態を、おまえから説明しておいてくれ。このガキは、俺たちが理不尽な労働なるものでキラを壊したと思い込んでるんだ。」
「仕方ないだろうな。カガリはキラがどうしていたか知らない。あん時も、俺はキラにいろいろと注意はしてたんだけどさ。まあ、しゃーないわなあ。」
苦笑して、ミゲルと呼ばれる医者はカガリに視線を移す。十歳では、まだまだ理解できないことばかりだろう。どんなにキラが必死になって、カガリの世話をしていたかさえ、キラが笑顔の内に隠していては。
「カガリ、キラはずっと無理してた。おまえさんが無事に帰れたと思った途端に、気が抜けて倒れたんだぜ。こいつ、四、五日前から、ずっと、こんな調子さ。」
「本当かっっ? 」
大声をあげるなよ、とミゲルは窘める。街の外へ出て、すっかりと元気になったカガリは声も大きいし、動作も激しい。せっかく眠ったキラも、ぴくりと瞼を震わせた。
「こんなとこで叫ぶな。外でやろう。」
「駄目だっっ、キラの傍を離れるわけにはいかない。」
「いや、いっそ離れたほうが、キラのためだ。おまえ、病人の眠りを妨げるっていう行いは、どうなんだよ。」
ゆっくりと、キラの瞼が開いていくのを確認して、ミゲルは溜息をつく。安眠妨害だ。これでは、ゆっくりと寝ていられないと、その子供の襟首を持ち上げて連れ出そうとする。けれど、子供も抵抗するからうまくいかない。
「ミゲル、そいつには思いやりなんてものは期待しても無駄だ。さっさと連れ出せ。」
言うが早いか、ディアッカがカガリの口を塞いで担ぎ上げる。ここで騒がれたら、キラはまた無理してカガリを庇うに違いない。寝室から出て、離れの居間へ移る。さすがに、皇女様というのは不遜だなあ、と、ディアッカもミゲルも笑う。ちっとも相手を思いやることなんて念頭にないのだ。常に、トップダウンの考え方をするように躾けられている。キラのほうは、アスランとラクスに任せておけばいいだろうと、寝室へ通じる扉をパタンと閉じた。
「おまえにとっちゃはした金だろうけどさ。そのお金を作るために、キラは身体を売り払ったんだ。それなのに、そのキラの厚意を無視して戻ってくるというのは、些か酷いんじゃないの? あいつがやったこと全部パアじゃん。売り損だろ? おまえに出来ることはさ。ちゃんと国に戻って両親に、そのことを報告することだった。そうすりゃ、キラの借金を、おまえの両親が支払いに来る段取りだってできただろうに、それもできない。どうする? キラは、もう売るものがない。おまえが働いて汽車賃を作るっていうなら、そうすればいい。だが、簡単に稼げると思うなよ。」
働いたことなんかないだろうし、お金を稼ぐのが大変なことなのだということも、カガリは知らない。それは王族と呼ばれるものには無理もないことだ。ここに辿り着いたものは生活するということで、まず戸惑う。キラは少し特殊な育ちをさせられていて、働くことも思いやるという気持ちも知っていた。最後に生まれた第三皇子は、乳母の下で暮らしていて、庶民の暮らしを知っていたからだ。
「キラをぼろぼろになるまで働かせたという自覚ぐらいは持て。」
「私はっっ。」
「キラがどういう人間か、おまえのほうが俺たちより詳しいだろう? それなら、あいつが弱っているのも理解できるだろうが。」
その指摘に、カガリがぐっと詰まった。自分が入院して、キラはなるべく傍に居て、自分がねだるものを、出来る限り調達してくれた。無理してないか? と尋ねても、「大丈夫」ぐらいしかキラは言わなかったが、明らかに顔色は悪くなっていたし、食事だって自分より少なかった。それらを思い出して、カガリも気付く。夜の仕事をして、戻ってきて洗濯とか掃除をして、一日、カガリと普通に暮らし、また夜の仕事に出ていた。仮眠はとっているから、とは言っていたが、ちゃんと眠っていたはずはない。
「おまえは、そういう教育を受けているから、細やかなことまで気付けというのは無理だろう。だが、キラのしたことを水泡に帰すような真似は、それ以前の問題だ。キラは生身の人間だし、おまえの家臣でもない。他国のものであるキラから受けた恩義は、ちゃんと受け取って、返すのが、然るべきだと俺は思う。キラは、おまえが両親の許へ一刻も早く戻ることを願った。そうじゃないのか? 」
些か、十歳の子供には難しいだろう話を、イザークはしている。だが、国を治めるということよりも大切なことがあるのだと、この子供に説明しておくべきだと思った。子供であるから分別ができないということもあるし、自分を大人と同等に思ってもいるだろう。だが、子供だから出来ないことがあるし、今度のような場合は、素直に命じられたことをすべきだったはずだ。
「働くなら、ふたりで働いたほうがいい、と、私は思ったんだ。」
「それが子供だと言うんだ。たかだか、十歳のおまえに稼げるものなんて、しれている。」
「そんなことはないっっ。」
「じゃあ、やってみるといい。もし、俺の言うことのほうが正しいとわかったら、素直に認めることだ。そうすれば、おまえの持ち物を担保にして、汽車賃を貸してやる。」
「わかった。働かせてくれ。」
「断る。おまえみたいな可愛げのない子どもを働かせてやるほど、俺は親切ではない。街に出て、稼いで来い。寝泊りは、キラのところでしてやれ。そうでないと、あいつが心配するからな。」
ふんっっと、子供は憤慨したように鼻を鳴らして、どかどかと部屋を出て行った。自分がどれほど小さくて無力なのか味わえばいいと、イザークは思った。オーブの皇女という肩書きがなければ、何も出来ないのだと痛感すればいい。その肩書きが意味するものは、治国への責任という大人でも重いものであることを子供は知らない。次代に、その責任を担うものだから、国民はカガリを敬ってくれるのだ。それがなければ、誰も見向きすらしない。それが己の力だと過信するものに、治国などできるものではない。
「親切じゃんか? 」
作品名:しーど まぐのりあ4 作家名:篠義