forever,fornever
<レクイエム>
男は猫を飼っていた。
黒い毛並みにオッドアイが美しい、賢く優美な雄猫だった。生まれて間もない頃に拾い、気がつくと飼い主以外の誰にも触れさせない、気位の高い獣に成長していた。
男は血なまぐさい世界の君主だった。ただし自身は清廉な気性だったため、必要以上の敬愛や崇拝と、時折要らぬやっかみや嫉妬を受けた。若いころから身に無数の傷を受け、心には更に多くの傷を負った男だった。
ある日、男が知り合いの同業者との会食に出掛けるとき、猫がいつになく騒いだ。履いていく予定だった靴に爪を立てて駄目にしてしまったし、スーツの裾を噛みちぎってかぎざぎを作り、インク壺を倒しては必要な書類に梅の印を押して回った。ケージに入れようとすればするりと逃げ、飼い主に煩く鳴き声を上げた。
根負けした男は、ついに猫に語りかけた。
今日のは外せないんだ。おまえも連れて行くから妥協してくれよ。な?
男が抱き上げると、猫は悲しげに一声鳴いたきり黙って、大人しく飼い主の腕に収まった。
訪問先で散々にからかわれたものの、猫を連れていったことで、さしたる支障は起きなかった。その瞬間まで。
事は乾杯と同時に起こった。男が杯を掲げたとき、別室にいたはずの猫が飼い主にとびかかり、男は杯を取り落とした。
こら、と男が猫を叱る前に猫は零れた酒を一嘗めし、びくりと体を震わせ、あっけなく息絶えた。
優しい男は自分が殺されかけたことよりも愛猫の死に打ちのめされた。目を見開いたままこと切れた猫を見つめ、震える唇で名を呼ぼうと小さな遺骸を抱き上げ、そして叫びをあげた。始まった敵味方の銃撃にもかき消されないほど、長く、喉が裂けるほどの悲鳴を。
猫の片目に、6を意味する漢数字が浮いていた。
作品名:forever,fornever 作家名:銀杏