forever,fornever
<フーガ>
高2の春休み、少年は学校帰りのバスに乗り込んだ。本来補修など受けなくてもよいだけの成績は取っているのだが、教師に助手を頼まれ、にわか補助教員となって同輩に教えた帰りであった。昼までの陽気はどこへやら、うす曇りに沈んだ空と冷気に顰めた顔を緩めて息をつき、空席を探す。何しろお仕着せのカバンと教科書は重かった。
ちょうど、壮年らしき男の隣があいていた。足元の盛り上がった席は背の高い少年が座るにはいかにも窮屈そうだったが、無作法にならない程度に通路へ足を投げ出せばよいと考え、失礼しますと声をかけた。
おだやかにほほ笑んで振り向き、うなずいた小柄な男に、息を飲んだ。見知った、いや、随分と長いこと探した相手だった。
かなり良い身なりをしていたので、いかにも仕立ての良いスーツに目を留めた風を装い、この町にお住まいですかと聞いてみた。
いや、ちょっと用事だったんだ。会っておかなきゃならない人がいてね。
ああ、出張ですか?よく来られるのですか?
いや、個人的な知り合いだよ。すごくお世話になったひと。たぶん、もう来れないかもしれないから、挨拶に。
そうですか。もしかして、以前この町にいらした?
うん、君が生まれる前にね。その制服、黒曜かい?前はもっとやぼったいデザインだった気がするよ。今はここらで一番の進学校だっけ。君、頭いいんだね。
ありがとうございます。一応、首席です。
へえ、本当にすごいや。俺はずっと劣等生だったなあ。
ちなみに、今のお家はどちらなんですか。
それが日本じゃないんだ。・・・・あ、次で降りなきゃ。空港へ行くの、次のバス停で乗り換えるんだったよね。
・・・・・ええ、そうです。次ですね。
じゃあね。話してくれてありがとう。楽しかったよ。
本当にうれしそうに男は笑い、席を立ったので、通路側に座っている少年も立った。そして、そのまま男と共にバスを降りた。
あれ、君もここ?
いえ、違いましたがもういいです。
えっ、どうしたの?
それはこちらのセリフです。あなたからは病院と同じ臭いがする。顔色も悪いし年の割に動作が鈍いですね。具合が悪いのにどうして、ひとりで国境を越えたりなんてするんですか。
・・・・・・・・・・・・。
僕もあなたと行きます。みなしごで、引き取られた先の家計も最近不況で苦しいらしいので、あなたの家がどこであれ、ついていけます。もう高校生ですし。
何言ってるんだよ、俺がどこのだれかも知らないだろ?
そんなこと、どうだっていいです。さっき一目ぼれしましたとでも言えば理由になりますか?
あのな、俺男だから。
では僕はゲイでいいです。扶養家族の一人や二人増えたくらいで困る人は、そういう桁もわからないようなコートは着ません。僕を連れて行ってください。お願いです、あなたの傍に居させてください。
困るよ。第一、パスポートは?
家族に取ってきてもらいます。厄介払いができるのですから、それくらいの我ままはきいてもらえるでしょう。
・・・・困るよ・・・・・
僕は頭が良くて器用なので、困らせるのは最初だけです。ね、いいでしょう?
そんなの・・・だって俺、みんなにお別れを言って、いろんなことを片付けるために、来たんだ。
おやおや。では尚更です。
困るよ・・・さっきようやく終わったのに、また始まる、だなんて。今更だよ。
でも、あなた、それじゃ寂しいでしょう。
男は長く黙した。やがて嗚咽交じりの声を出す。
本当は、最後が一人なんて、いやだったんだ。でも、・・・
僕がいてあげる。絶対に一人になんて、させませんから。
まるで子供同士がするように、手をつなぐと、男は涙と鼻水にまみれた顔で笑った。
片手でポケットからティッシュを出して渡すと、男もまた片手で受け取った。
バス停の待合でふたり手をつないだまま並んで座り、携帯を出して家人に事情を話し届けものを頼み、ぱくりと携帯を閉じると、男が少年の肩へと寄りかかった。
男は、目を閉じて幸せそうに笑っていた。
古びた待合室の戸口からのぞく曇天に、いつしか名残雪がちらついていた。
作品名:forever,fornever 作家名:銀杏