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鳥は囀り花実り、:前

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 久々にぽっかりと空いた時間を利用して掃除をはじめたのがそもそもの発端だ。旅暮らしが長かった影響から私物も少なく(唯一の例外である日記は別に置き場所を確保している)、また掃除自体も結構好きなので大方すぐに片付いた。
 問題は、かつてギルベルトが『ドイツ騎士団』として在った頃の仲間達からもらった餞別品である。
 長らく部屋の片隅に鎮座していたそれ。この際にと思い切って整理をはじめた木箱からは、ちょっと値が張りそうな日用品や嗜好品等がたくさん出てきた。当時の騎士団員の給金から考えれば幾分贅沢な品々に懐旧の情を抱く。
 自分で使う物。譲る物。まだしばらく眠らせておく物。連鎖的に思い起こされる当時を懐かしみながらひとつひとつ丁寧に仕分けていって、最後に残ったのは記憶にない、紐で無造作にくくられた小さな三冊の本。
 表を見、裏を見、どうにも答えに思い当たらないそれを訝しみながら紐解いて、【一巻】とだけ記された一番上の本を試しに手に取る。色の褪せりこそ酷いが紙自体はそう痛んでいない。ばらっとめくると本文の空いたスペースに時々書き込みのような文字が記されている。団員達の間で使っていた何かの教本なのだろうか。
 一巻を置き、二巻を同じくざっと見ようとしてその表紙に紙きれが張り付いているのに気が付いた。破かないよう注意して剥がし、そこに書いてある文字を読む。

【拝啓 『プロイセン公国』様
 名前も変わる事だし、小僧も少しはこういうの嗜んどけ。追伸:一巻から順に読むように】

「…? なんだっつーんだよ、あいつら」
 これだけでわかるのは、この本が間違いなく自分宛の物、という事だけだ。頭をかきながらひとりごちて、順当に二巻目に手を伸ばす。紙の日焼け具合こそ一巻と同じくらいだが、こちらは使い込まれたのか多少痛みが目立つ。
 同じくぱらぱらとめくって、開き癖のあるページでなんか止まった。色々止まった。息を呑む。最初に目についた単語に釘付けになり、次にその単語が一体何を指すかに思い至って、本に書かれている内容を理解した時、ギルベルトは完全に停止した。
 羞恥か呼吸を忘れたせいかは知らないが、とかく急上昇する頬の熱を抑えきれず、その遠因たる手にした本を元あった木箱の底目掛けてたたきつけた。
(官能本じゃねぇかこれぇぇぇぇえええ!!!)
 心の声で絶叫したにも関わらず大きく肩で息をする。俺様よく声に出さなかった、まじで今のは褒め称えられていい。昼日中の窓が開放されてるこの状況で今のなんか叫んでたら人生終わってた。
 妙な汗が背中を伝うのを感じ、落ち着かずに狭い部屋を行って戻って、あーだのうーだの唸って唸って閃いた。先に片付けを終わらせよう、そうしよう。
 最終的に荷物は二回り以上小さな木箱に入れ替えられ再び部屋の片隅へと安置。ギルベルトの机上には新しくはないが卸したばかりの筆記具がいくつかと、結局回収した三冊本が鎮座する事となった。
「…、……」
 声にもならない呻き混じりに手が傍らの本に近付いては中空をさまよう。それを幾度も繰り返して結局腕ごと力が抜けて、ついでに煮え切らない頭も机に落下。ごつんとした音と衝撃がちょっと痛かった。

 ぶっちゃけ興味はある。だが抵抗もある。

 実態はともかく、ギルベルト自身は長年『ドイツ騎士団』の御旗として清貧・服従・貞潔の誓いを遵守し続けていたのだ。そりゃ街中で胸のでかいねーちゃんとすれ違ったら目で追いかけもしたし、城や屋敷に飾られている裸婦画を前に何の衝動も沸かなかったとは言わない。言わないが、素行に問題のある団員達の下卑た話題にはついていけなかったり、話によっては嫌悪感を覚えたこともある。
 表には出してないつもりだったが、そういった諸々に察しのいい者がいたのだろう。本を渡した所で受け取らないだろうからこっそり木箱に入れておいた。そんな所か。
「あいつら今度会ったらぶっ飛ばす…!」
 親切心だとは思うが、からかいの気配もそこはかとなく透けて見える贈り物を前にギルベルトは決意した。とはいえ下手にこの話題を持ち出せば格好の餌食だ。実行に移す際は慎重にいかねば。
 頭の中で戦略を練り始めるが、視界に入る三冊の本がギルベルトの意識をどうにも捕らえて見逃してくれない。
 ……今はもう『ドイツ騎士団』から『プロイセン公国』に名前も変わり、誓いの遵守にがんじがらめという訳でもない。率直にいうと二つくらい前の季節にひょんな流れで経験済みだ。それが起因でちょっとした悩みも抱えているがまあ置いといて。
 潔癖でいるには知りすぎて、厭わしさ後ろめたさ、さらには恥ずかしさから開き直るのもままならない。
 あくまでひとつの知識としてある程度学んでしまえば、この大変非常に面倒なもやもやもどうにか出来るだろうか。
 うつ伏せ片頬を机に押し付けているとてもだらしない姿勢のまま、順番からいって三巻を眺める。他の二冊に比べると頁数は同じくらいのくせにやたら膨らんでいる。つまり一番読まれていた訳だ。
 延々心の中の色んな物と格闘し、さっきみたいにばーっと見るだけなら…と自分に言い訳して、噛み付かれるわけでもないのにおっかなびっくり表紙を摘む。少しだけめくると遊び紙にでかでかと走り書かれた【汚すな、厳禁】の文字が目に入って、とりあえず本を閉じた。
 一呼吸挟んで再行動。今度は目次に、通常とは絶対違う意味で使われてる単語を見つけて本と自分の目蓋をそっと閉ざす。
 持久戦となると確実にこちらが負ける。最早何となんで戦っているのかすら定かではないが、決意を新たに姿勢を正し、本を両手でしっかと持つ。覚悟を決め一気にページをばらばらとめくって――ご丁寧に解説図入りのページにぶち当たってギルベルトは完膚なきまでに敗北を喫した。
「…………そういや一巻から順に読めってあったな…」
 ひとまず二巻と三巻は見なかった事にして引き出しに仕舞う。改めて一巻に手を伸ばし、疲労感からどうにでもなれな気分で表紙に手をかけた。
 装丁だけなら詩集や戯曲集とも思えるシックなデザインなのに。そうやって偽装しておいて、団内で回し読みでもしていたのだろう。
 複雑な気分で本を開く。目次には【事前に】とか【心構え】等と書かれており本当に教本のようだ。羅列してある文字からして初心者向けらしいし、これなら内容的にもまぁ大丈夫かと読みはじめたら思いのほか興味深く――

作品名:鳥は囀り花実り、:前 作家名:on