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不機嫌な防波堤

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2.

 夜の間、降りしきっていた雨は明け方になって雨足が弱まり、日の出の訪れと共に雨雲は遠くへ運ばれていった。木々に朝を告げる小鳥たちの囀りに揺り起こされるようにアルデバランはだらしなく散らかったテーブルの上から身体を起こした。
「アテテテ……」
 テーブルに突っ伏すようにして眠っていたためであろう。腕は痺れきっており、固まった関節が軋みをあげた。それに昨夜煽りすぎた酒のせいで、こめかみがズキズキと痛みを主張している。ぼやけた視界をはっきりさせようと二、三度頭を振っていたところ、起きだした子供たちが次々と朝の挨拶に訪れた。
「おはよー!バラン兄!」
「〜〜〜おはよう……ファァ〜!」
 出し抜けに明るく元気な子供たちの声が二日酔いの頭の中で強烈な目覚まし時計となるのには眉を顰めるしかなかったが、大きな欠伸をしながら虚ろげに挨拶を交わすアルデバランの周囲をあっという間に子供たちが取り囲んだ。
「うわぁ……酒臭いよ」
「飲みすぎはよくないよ?また、そんちょーさんがまた文句言ってきたの?」
「大人には色々あるんだよね?ね?」
「大人だけじゃないさー、子供にだって色々あるだろ」
 こましゃくれた意見を好き勝手に飛び交わせる子供たちに苦笑しながら、「早く顔を洗って、そのあと鶏小屋に行って産みたて卵をとって来い」と促す。朝食は決まって目玉焼きがつくのだが、鶏が必ずしも子供たちの頭数分だけを産むわけではなかったので、子供たちは我先にと手に入れるために外へと飛び出していった。これで少しは静かになったと一安心したのも束の間、耳をつんざく子供たちの悲鳴にテーブルを片付け始めた手を止め、アルデバランは血相を変えて外へと飛び出した。
「どうした!?」
 昨夜の雨でぬかるむ小道。泥を撥ねながら、人だかりのできたその場所にアルデバランがかけつけると青い顔をした子供たちが口々に叫んだ。中には恐怖のために失神しそうな勢いの子や泣き出す子供もいた。
「人が死んでるんだよ!バラン兄、こっち!!」
 人だかりの最奥、子供たちの遊び場でもある手作りのブランコを枝にぶら提げた大木の根元で一番年長である少年がぴょこぴょこと飛び跳ねた。少年は子供たちの中では年齢が一番上であったが、身長はあまり高いほうではなかったのだ。
 アルデバランは表情を険しくしながら、子供たちを掻き分け、その中心へと辿り着く。それまでの間、様々なことがアルデバランの頭には渦巻いていた。

(また麓の連中の仕業だろうか?)

 修行の場であり、安らぎの場である此処はアルデバランにとっては聖域にも等しいものだった。だが、麓にいる村の連中のなかにはアルデバランやアルデバランと共に暮らす、身寄りのない子供たちの存在を疎んじている者も少なからずいた。そして、幸か不幸か子供たちと暮らすための生計を担っているアルデバランが所有する果樹園での収入が年々金脈ともいえるほどになってきていたため、それに目をつけ手に入れようとする輩が様々な嫌がらせをするのだった。
 動物の死骸を置き晒しすることは当然のように行われていたし、大切な果樹園を荒らしたり、ここで暮らす子供たちに危害を加えるようなことさえも朝飯前といったように行われていたのだ。それは大概、アルデバランが本来従属すべき聖域での勅命を果たしている時を狙って行われていた。
 子供たちだけの生活では危険でもあったため、不在の際には信頼のおける者に子供たちの世話を依頼していたのだが、様々な手管を用いて奴らは嗅ぎつけるのだ。今日も本来ならばアルデバランは此処にはいないはずだった。しかし幸いにも、聖域でのひと悶着のおかげで彼はここにいた。
 死人を置き去りにするほど、奴らはそこまで切迫していたのだろうかと改めてアルデバランは危機感を募らせ、少年が屈みこんで検分している『死体』を覗き込んだ。
 険しい表情を浮かべていたはずのアルデバランは一瞬の間を置いて、口をあんぐりと開け、ごしごしと目を擦った。何かの見間違えだろうといわんばかりに。
「バラン兄?」
 怪訝そうにアルデバランを見る少年の眼差しにはっとしながら、不自然なほどにそして不愉快そうな声をあげたのだった。
「―――放っておけ。さぁ、おまえたちも大丈夫だ!誰も死んでないぞ!ただ行き倒れているだけだ!早く卵を取りに行け、朝飯にするぞー!」
「えー!?」
「本当??」
 あちこちでほっとした息が上がり、もう一度じっくりと観察しようと好奇の目を寄せる子供たちをアルデバランがそそくさと追い払う。渋々ながらも子供たちは腹の虫に促されて、次々にその場を後にした。
 アルデバランは胸を撫で下ろしながら、木の幹にもたれるように腰を下ろし、顔を俯かせた状態の人騒がせな『死体』をここぞとばかりに睨み付けた。
 確かに、投げ出すように伸びたこの地域では見慣れぬ服装から覗かせる、ぞっとするほどの白い足やだらりと垂れた腕を見る限り、ぴくりとも動こうとしないその様子から『死体』だと子供たちが勘違いするのもムリのないことだと呆れた。
 ばかばかしいといった様子でアルデバランが屋内へと戻ろうとしたが、まだ居残っていた数人の子供が不思議そうにそんなアルデバランを見ながら腕を引っ張ったのだった。
「バラン兄、この人放っておくの?」
「ああ」
「どうして?」
「そいつは死んでないし、死ぬようなタマじゃない」
「怪我してるのに?」
「怪我?」
 そう言われてもう一度、嫌そうな顔をしながらもじっくりと観察する。確かに子供たちが言ったとおり、見落としがちなところに怪我をしているようだった。どの程度の怪我なのかは確かめないと判らないが。この男が深手の傷を追うことなど思いもよらないことだし、むしろ何か陰謀めいた気がしたため、アルデバランはやはり関わりたくはなかった。
「大したことはないだろう。放っておいても問題ない。さぁ・・おまえたちも早く行った!行った!余所者に関わるな」
 冷たく言い放つアルデバランにいつもは従順な少年たちが噛み付いた。それは少なからずアルデバランに驚きと動揺を与えた。
「困っている人がいたら助けてあげなさいって、いつも言ってたじゃないか!嘘つき!」
「だが、それはーーー」
「この人、怪我してるんだよ?バラン兄の知ってる人なんでしょ?余所者なんかじゃ、ないじゃない!きっとおなかも空いて……可哀想だよ。見捨てちゃいけないよ。ねぇ?」
 アルデバランの腕にしがみついて必死に訴える子供たち。
 だが訴えられる内容とはおおよそ当て嵌まる要素のない人物だ。普段子供たちに自ら説いて聞かせる道徳にまさか自分が縛られる結果になろうとは。
 身勝手な大人たちの都合によって傷つけられてきた子供たちを裏切ることなど、アルデバランにはできない。だが、真正直な己の心を偽ることもできない。アルデバランは呻くように考えた末、次の言葉を云うことしかできなかった。
「俺はその男に関わりたくはない。だが、おまえたちがその男を助け、世話をするというのならば止めはしない。勝手にするがいい。だが、もしも、おまえたちがそのことで困った時は進んでおまえたちの手助けをするだろう」


作品名:不機嫌な防波堤 作家名:千珠