不機嫌な防波堤
4.
果樹園での一仕事を終え、子供たちを先に返した後にアルデバランはとある場所に訪れていた。 アルデバランはその場所で怒ったように、それでいて困ったような顔をしながら、店の主人を前に説明に窮していたのだった。
「―――だから、これぐらいで、これぐらいのだなぁ……」
身振り手振りで必死に説明しようとするアルデバランであるが、対する店の主人もどうにか理解しようと努めてはいるようだったが、どうにもわからないといった様子で困惑していたのだった。
「なぁ……アルデバランよ。すまないが、さっぱり、おまえさんの言いたい事がわからん。どれでもいいから、選んでくれるか?でなきゃ、もう一度調べて出直してきてくれるとありがたい」
「冗談じゃない!これ以上俺のものをアイツが着るなんて……考えただけで鳥肌が立つ!かといって着たきりスズメでは汚いし、臭い!衛生上、子供たちによくない!!」
「―――おまえさんの事情はよくわからないが、サイズがわからなきゃなんとも……ああ、そうだ、これなんかどうだ?」
と、店の主人が勧めたのは明らかに女物とわかるものであった。「爺さん、俺は男物を探しているんだ!!」と顔を真っ赤にして憤慨するアルデバランを「その手つきだと、彼女かなんかだと思ったわい」と軽くいなす主人にアルデバランはさらに顔を赤くして激しく抗議するのだった。
結局、疲労困憊になりながらようやくそれらしいものを手に入れて、家に辿りついた頃にはどっぷりと日が暮れていた。暗い夜道を抜けて、ようやく安らぎの家から零れる温かな灯火を目にして、少しばかり疲労感が減少した。願わくばその家からシャカの姿が消えていれば万歳だったのだが。それは残念な結果にしかならなかった。
「ただいま」
「おかえりー!」
出迎えの言葉に顔をほころばせながら、集まる子供たちにお土産を手渡していると、奥のほうでクスっと小さいが憎たらしい笑いを聞き咎め、そこに視線を向けた。
「……そこは俺の特等席だ。」
「君の子供たちが勧めてくれた」
悪びれもせずに答えたシャカを不愉快そうにアルデバランは眺めた。着古し、ところどころ小さく破れた長袖のシャツはシャカには当然のように大きすぎた。もちろん、その下のズボンも同様で、どこから調達したのか紐でなんとかずり落ちるのを防いでいるようだった。手先をだぼだぼのシャツに隠した状態でひらひらと返すその姿は毅然と立ち居振舞うシャカから想像もつかないほど、ある意味滑稽ともいうべきものではあったが、それ以上に自分の物が嫌っている人物が着ているいう事実が吐き気を催す要因となっていたのだから、笑うに笑えない。
「おまえには……これだ。こっちに着替えろ。おまえが俺のものを着ていると思うだけで虫唾が走る!」
子供たちの好奇の目に晒されながら、テーブルの上に置かれた紙袋は恥ずかしげにも見えた。辛辣な言葉とは裏腹に表情はあくまでもほがらかな笑みを浮かべてみせるという、聖域を出奔した牡羊座聖闘士のような真似をしている己に少なからずアルデバランは意外な特技を持っていたらしいと気付く羽目にもなった。
「それはそれは。早くそう言ってくれればよかったものを。私は裸でも一向にかまわなかったのだがね」
「くたばれ。似非坊主」
「聞き捨てならぬ……が、その貢物に免じて忘れてやろう。へたれ牛」
冷笑を浮かべながら、互いに皮肉る二人をそんな会話を知る由もない子供たちは紙袋の中身に興味を示しつつ二人を取り囲んでいた。中には手を伸ばそうとする子もいたが、「それはソイツの服だ」と説明するとあっさり手を引っ込めた。
ひとしきり厭味を言い合ったのち、シャカがスッと席から立ちあがった時、一人の少年が紙袋を持つと、シャカの手を取った。驚いたアルデバランは声をなくしたまま呆然とその光景を眺めた。
手を引かれるままにシャカが歩いていく姿―――。
それは摩訶不思議な光景だった。
「ああ、そうか……でも」
『そうか』と納得したのはシャカが瞳を閉じていたせいで、少年はシャカが目の見えない者だと勘違いしているためにあのような行動をとったのだろうということ。『でも』と疑問に感じたのはシャカがそのことをまるで咎めようともせず、当然のように子供の為すまま好きにさせていたことだった。
昔……それは聖域で暮らした僅かの間のこと。今と同じく、シャカに対して似たような勘違いを仕出かした者がいたのだが、それはもう惨憺たる結果だった。シャカの怒りが凄まじかったことをよく憶えている。だが、今回はといえばどうだ?
同じことをした者が偶々、年端も行かぬ幼子であったから許されただけなのかもしれない。きっとそうなのだろうと無理矢理納得したアルデバランは子供たちと共に少し遅くなった夕食の支度に取り掛かりながら、明日からの生活を考えて、きりきりと胃が痛み始めた。
そう、明日から子供たちは朝早くから夕方近くまでいない……学校で授業を受けるために。
要するにアルデバランは昼の間中、最悪なシャカと二人の時間を過ごさなければならないのだった。