パパパンツ!
「だからァ!ぱん、てやって出てくるのはくずビスケットだけって言ってるアル!」
「だからさァ!もう何て言えば通じるんだよ、この脳たりんバカアホチャイナ娘がァ!」
「んだとォ!てめーの頭だって、もさもさの天パーのっけるくらいしか役に立ってないくせに!」
お互いがお互いの襟を掴んで罵りあっていると、病室のドアが開いた。
「こんにちはァ!真選組です!」
狭い病室に近藤の声が響き渡る。
腹の底から出される野太い声は、ずっしりと重く、窓ガラスをびりびりと震わせた。
「この度はァ!真選組一番隊隊長沖田総悟の過失によりィ!神楽さんとォ!定春くんにィ! 多大なご迷惑をお掛けした事をォ!心よりィ!お詫び申し上げまァす!!」
「押忍!」と締めくくった近藤の斜め後ろで、沖田は復唱するように神楽に向かって 「ブスっ!」と声を放った。
「死ねやァ!てめー、三回くらい死んで来いやァ!死んで私に詫び入れるアルゥ!!」
「待て待て待て、神楽」
ギブスだらけの体で沖田に飛び掛ろうとする神楽を、銀時が止める。
「あいつらをシめるのはまだ後だ。先に貰うもん貰ってからじゃないとな。 ――おい、連絡したもん、持って来てくれたか?」
銀時が手を差し出すと、近藤は当惑した顔で頷いた。
「ああ、持って来るには持って来たが…良いのか、これで…」
「まぁ入院てのは何かと物入りだからな。とりあえず今日はこれで勘弁してやるよ」
「銀ちゃん、何持って来てもらったアルか?」
「ああ?さっき言ったろ。お前のパンツの事は、もう手を打ってあるって。 こいつらに来るときにパンツ持って来いって言っといたんだよ」
「銀ちゃん、乙女のパンツをこんなゴリラ臭い奴に選ばせたアルか…?」
神楽の全身からごごご…と黒いオーラが立ち上る。
そのオーラを、銀時はふぅ、と息を吹いて吹き飛ばした。
「まぁまぁ。誰が持って来ようとパンツはパンツだ。三回くらい洗って履けば、気にならねぇって」
「パンツ持って来いって言うから、とりあえず持ってきたんだが、急いでいたのでこれしかなくてな――」
銀時が差し出した手の上に、近藤は持って来たパンツを乗せた。
受け取って、銀時は、ん?と首を傾げた。
神楽のパンツにしては、大きくないか?
びら、と広げると、それは紛れも無く成人男性用のトランクスだった。
しかも何だか、もわっとする。
「洗濯するのを忘れてて、キレイなのが無くてなァ。でも大丈夫だ! 中でも一番キレイそうなのを持って来たから!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」
銀時は絶叫し、パンツを近藤に叩き付けた。
己のパンツの刺激臭に、近藤は「うごっ!」と叫ぶと、白目を剥き泡を吹いて倒れこむ。
倒れた時に頭を打ったらしく、ごす、と鈍い音がしたが、パンツを顔に掛けたままの近藤を、 助けようと駆け寄る者は誰もいなかった。
「手ェ!手ェ!消毒ゥ!!触っちゃったよ、俺!あんなもん触っちゃったよォ!」
「やめてヨ、銀ちゃん!こっちに来んなヨ!そのままお前ごと消毒してもらうアル!」
ぎゃあ、と騒ぎながら病室を走り回り、消毒用のアルコールを一瓶丸ごと手に掛けて、 銀時はようやく落ち着きを取り戻した。
「あー、ちくしょう。ひどい目に遭ったぜ…。神楽のパンツ持って来いって言ってんのに、 何で自分のパンツ持って来んだよしかも使用済み!」
「俺ァ一応聞いたんですぜ、旦那。そのパンツで良いんですかぃ、て。 そしたら自信持って良いって言うから」
「お前、見ててわかってたろ。いくらゴリラが自信持ってても、お前は違うってわかってたよな?」
「いや、ほら。うちは上司には絶対服従ですんで。上司が右って言やぁ左も右になるんでさぁ。 俺に口答えなんかできやしねぇんでさぁ」
「上司の命狙ってる奴が、なに殊勝なこと言ってやがる。つーか、パンツ!神楽のパンツ! てめーらが持って来ないと、こいついつまでも紙パンツだぞ。おもらししたら、 濡れてやぶけちまう紙のパンツだぞ」
「なんでぃ、この女、まぁだ小便垂れてんのかぃ」
「お前ら二人とも殺してやるアル!遺書書いたアルか!?全財産、私に遺したアルか!?」
ばきばき、と両手の指を鳴らそうとして、神楽は骨折した手を握り締めた。
「ぃぃぃぃぃ――――!!!」
声にならない声を上げ、痛みのあまりベッドの上をのた打ち回る。
「バカだな」
「バカだ、マジで。――旦那、パンツなら一応、俺も用意して来やしたぜ」
沖田は懐から取り出したパンツの、足を通す穴に指を通し、くるくると回した。
「沖田くん、何かマジで引くんだけど。その光景」
「そうですかぃ?ブリーフでやるより見た目の臭さは無いですぜ。一応新品でさぁ。ほい」
くるくる回している勢いのまま、沖田は銀時にパンツを投げ渡した。
「ほい、っと」
ぱさ、とパンツを手の平で受け止めるが、それは銀時が予想していたよりも、しっとりと重みがあった。
「ん?何だ、これ?パンツ…?」
「どんなプレイにも対応できるよう、皮のハイレグにしてみやした。 色は一応こいつのイメージカラーに合わせて赤ですぜ」
ぴ、と親指を立てて、どや顔で決める。
その顔面に、皮のハイレグパンツで包まれた銀時の拳がめり込んだ。
「何のプレイさせる気だ、コラァっ!!」
パイプ椅子を弾き飛ばし、病室の端まで転がっていく。
壁にぶつかって、ようやく沖田の体は止まった。
「許しません!うちの神楽には、何のプレイもまだ早い!!百年経って出直して来いィ!!」
「百年経ったらなおさらそんなムレそうなパンツ、履かないネ…」
がらがらがら、と再び病室のドアが開いた。
「何やってんだ、お前ら。部屋の外まで大騒ぎしてんのが丸聞こえだぞ」
土方だった。
病院用のスリッパをぺたぺたと鳴らし、病室に入ってくる。
口には火をつけていない煙草。
病院内は禁煙ということに、一応配慮しているらしい。
土方は右手に持っていたケーキの箱と花束を銀時に渡した。
「おら、見舞いだ」
「何だ、気が利くじゃねぇか」
「当たり前だ、見舞いに手ぶらで来るバカがどこにいる。 いくらパンツ持って来いって言われたからって、パンツ一枚握り締めていくなんざぁ、 常識が無ぇにもほどがあるぜ」
「うおぉぉ!かっけー!マヨのくせにかっけーアル!あれは?あれは無いアルか?メロンの盛り合わせ!」
「『フルーツ』の!盛り合わせな。――それは明日持って来てやる」
きゃっほぅ!と、神楽はベッドの上で飛び跳ねた。
「へぇ、大盤振る舞いじゃねぇか。さすが真選組は違うな」
「経費だからな」
「よっしゃ!んじゃ明後日はバーゲンダッシュ1ダースな!」
「お前への見舞いじゃねぇんだよ!なんでお前の注文受け付けなきゃなねぇんだよ! ――あ、そうだ。これもだ」
土方は、ぽい、と左手に持っていたビニール袋を神楽に投げた。
「何アルか?」
「パンツだ」
袋をひっくり返すと、ばさばさばさ、と小山になるほどのパンツが落ちてきた。
「良かったな、神楽。やっとまともなパンツが来たぞ。しかもそれだけあれば、毎日履き替えたって十分足りるってな」
神楽の膝の上で、こんもりと山になった白いパンツたち。
それを神楽は、じっと見ていた。
「どうした、神楽?」
ん、と神楽は銀時に、一枚のパンツを渡した。