しーど ほーむ
明けて暮れていく世界を、毎日、窓から眺めていた。本来の人間の暮らしに必要な自然の光。誰とも差別せず、均等に振り注ぐ光を自分も浴びていた。生まれて今までほとんど人工的な光のなかにいた僕には、ひどく暖かいものに感じられた。・・・ホーム・・というのが本来は故郷というものを指し示すのだとしたら、地球に端を発した人類のホームというものは地球自体なのかもしれない。それが心の底にあるから、支えになる。
「僕の故郷は、ここでいいんですか?」
「山父から贈られた真実で、そう決まったはずだ。」
「いつ。帰ってきても、あなたが迎えてくれるんですか?」
「いや、私だって人間なんでね。寿命というものがある。しかし、山父は、きみを覚えているだろうから、次のゲートにも、ソラと教えるだろう。心配はない。」
家に辿り着くと、以前、閉じこめられていた二階の部屋に案内されて、以前、着ていた服を渡された。どうせ、よく眠れていないだろうからと、眠りクスリの代わりに、と暖めた飲み物を差し出された。ほのかに柑橘系の薫りとアルコールの匂いがする。
「それはね、この地では『命の火』と呼ばれる飲み物だ。簡単にいうなら、ワインとはちみつとオレンジが入っている。それでも飲んで横になるといい。」
一口飲むと、暖かい液体が喉を流れていった。ほっとする気分になった。ここに来てから、食事がおいしいものだと思い出した。たぶん、忘れていた細やかな暖かいものが、少しずつ僕の中に思い出されていったのだ。かあさんの作ってくれた料理を食べていたのと同じように下宿のおかみさんの料理を口にしていた。なんとなく、馴染んでいる。どうといった明確なものではないけど、そういうものがホームの持つ暖かさなのかもしれない。
朝日を浴びて目が覚める。ここのところの習慣だ。それなのに、遠くから聞こえる歌声で意識が戻った。きれいで澄んだ歌声は、とても懐かしくて、ふと泣きそうなほど心に響いた。それが誰のものなのか、僕にはわかっていた。三人のうちの歌姫が辿り着いたらしい。なんて言えばいいのか、なんと謝ったらいいのか、どんな言葉も無意味な気がして、目を閉じて、その微かな歌声に聞きいっていた。こんな時間が続いたらいいのに、と願ってしまう。
「また泣いてる。しょうがないなぁ、おまえは・・・泣くぐらいなら逃げるなよ。」
突然に横手から声がして、僕の目尻を拭われた。その声も三人のうちの親友のもので、はっと目を開いた。
「おはよう、酔っ払い。」
「・・・あ・・アス・・」
「おまえねぇ、俺やラクスやカガリが、どれくらい心配したと思ってるんだ? まだ、ブルーコスモスの残党がウヨウヨしてるっていうのにっっ。」
ゴンと拳骨をひとつ落すと、親友は窓に駆け寄り、階下の庭にいる歌姫に声をかけた。ほどなく、歌姫はやって来て、ベッドに起き上がった僕をしげしげと睨むと、パチンと僕の両頬を叩いた。
「本当に、とんでもない方ですわ。」
返す言葉がみつからなくて、「ごめん」とだけ呟いた。すると、ふわりと抱き締められた。
「どこへお行きになろうと、それはキラの自由です。でも、行き先だけは告げていただかなければ困ります。」
「・・・うん・・・」
「とてもよいところですわ。ここに住まれるつもりですの?」
「・・あ・・うん・・・でも・・・」
「私も引っ越ししたくなりました。キラが許してくれるなら、私も一緒に。」
「ラクス、無茶いうな。そんなこと、できるわけがない。」
となりから、親友は歌姫の無謀をたしなめているが、そんなものは無視だ。
「あら、簡単ですわよ。これから、引退宣言でも隠居宣言でも、なんでもします。キラは私の元にお帰りになったんですもの。私がキラの傍に近付けば、それでよろしいのでは?」
「とんでもない。とにかく、キラは連れて帰りますよ、ラクス。カガリが弟に何発かお見舞いしないと気が済まないと言ってたじゃないですか?」
「まあ、それこそ、キラが可哀想です。何もプラントに戻る必要などありません。あそこに戻れば、キラはまた窒息して逃げますよ。」
「だいたい、こいつは・・・ボーッとしててお人好しで、ひとりで放置なんてできるわけがない。ちょっと放置しただけで、余計なことばかり考えて、この始末なんだ。」
なんだか、子供扱いされているような気がする。親友は僕より何ヵ月か年下で、この歌姫はひとつかふたつ年下のはずだ。
「・・あのー・・ふたりとも・・」
「キラ、カガリが心配のあまり体調を崩したんだぞ。あの殺しても死なないような、おまえの姉がだぞっっ。」
「えっ? カガリが?・・・うそ・・」
「うそではありません、キラ。だから、カガリは来なかったんです。」
今、何気なく自分の姉が怪物みたいに罵られた気がしたが、それよりも姉が体調を崩したほうが重要だ。
「それで、カガリは?」
「たいしたことはないんだが、ちょっと過労でな。いきなり弟が行方不明だわ、会議は空転するわで、てんてこまいして倒れた。あの頑丈な体力バカが倒れるっていうから、相当なもんだぞ、キラ。」
「ねぇ、アスラン。何気にカガリの悪口を吐いてない?」
「そりゃもう、カガリに散々に殴られて詰られてましたからねぇ。ここぞとばかりに欝憤を発散して・・・」
「えっ?」
「俺がキラのことをちゃんと把握していなかったのが悪いと、ボコボコにされた。だいたい、あいつだって忙しくてキラのことを後回しにしてたくせに・・・そういうわけで、おまえを連れて帰らなかったら、俺は今度こそカガリに殺される。いいな、キラ。帰るんだ。」
「ごめんなさいね、キラ。私くしも、あなたのことを蔑ろにして。さぞかしお腹立ちだったのでしょう? 今度からは気をつけますから、家出なんてなさらないで、私くしもお連れくださいね。」
ふたりとも・・・そして、姉までも・・・僕のことを一体いくつだと思っているのだろうか、と疑問が湧いた。さっきから聞いていると、僕はどうやらほったらかしにされて拗ねて家出したことになっているらしかった。
「あのさ、ふたりとも。僕はね。」
そんな単純なことじゃないと口を開きかけたら、歌姫が慌てて僕の口を人差し指で押さえた。
「キラ、マリューさんからお聞きしました。ですから、キラは拗ねて家出をしたことにしたほうがよいと思うのです。カガリも知っています。」
「・・キラ・・・おまえは退屈して暇つぶしに家出した。この筋書きで決定しているので何も弁解はするな。」
「・・ふたりとも・・・」
ふたりは顔を見合わせてから、僕に頷いた。悩んでいたことは、おそらく完全に把握されているのだろう。だからこそ、拗ねて家出したなどという理由に置き換えようというのだ。
「キラ、もう少しだけ窮屈なのは我慢してほしい。ブルーコスモスの動きが沈静化すれば、おまえも外へ出せるんだ。それまでは、ラクスの屋敷にいてくれないか?」
「・・・アスラン・・それって、そんなに危険な状態なの?」