【ゼルダの伝説】ワールドヴィネット
―――時を渡る旅人がおったのじゃ。過去と未来に行き来するのに鍵がひとつ。それは剣のかたちをしておった。台座に収めれば過去に、抜けばその剣に相応しくなる未来に飛んだ。不思議な話じゃろう。まあとにもかくにも時間は旅人の手の中にあったのじゃなあ。
その旅人はずいぶんお人よしと言うか、首の突っ込みたがりというか、そんなところがあったのじゃな。とても大きな頼まれごとをしておった。
旅人はあるとき、井戸の底に頼まれごとを叶えるために必要なものがあるという情報を耳にした。しかし過去に戻ればそこにはたっぷりと水が満ちており、未来に飛べば水は涸れておったものの既に崩れて奥には進めんだ。旅人はほとほと困り果てた。
塞がったものはどうにもならん。なんとか過去の時点で井戸の底をさらえないものかと旅人は考えた。一度水さえ抜くことが出来れば。そうは思えど、こればっかりは人の身にはいかんともしがたいからのう。
けれども答えは意外なところにあった。
一度未来の時点で旅人はそこを訪れた。するとなあ、風車小屋にずいぶんと怒っている男がおったんじゃ。なごやかな御仁であったのを知っていたから旅人は驚いた。そして訳を尋ねたんじゃの。
なんでも過去、ある子どもが風車にいたずらしたというのじゃな。旅人は内心首を傾げておった。風車はとても立派なものでのう、いたずらするにもそんなところには子どもの背丈ではとても届かぬ。詳しく尋ねると男は子どもが嵐を呼んだんだと言った。不可思議な曲を鳴らして、とな。
そんな馬鹿なと思うか?音楽を舐めてかかるでない、少年。人間などもよくよく利用しておるだろうが。
……そうか草笛か。そうそう、それも立派な音楽じゃ。ならば分かろうが、今でも音楽に力は残っておるんじゃ。そうだからずうっと昔にはもっと力のあるものだった。―――男が覚えておった曲を旅人は持っていた楽器で奏でた。果たして嵐は訪れた。
狂ったように回る風車の歯車を見て、旅人は未来で井戸の水が枯れている訳を理解した。水は風車で汲み上げられておったからの。
過去に戻り旅人は曲を奏でた。思った通り水は退き、旅人は探し物を見つけることができたのじゃ。
旅人の楽器はその子どもと同じじゃ。背格好もここを訪れた時期もあう。じゃがのう、そのいたずらこぞうが旅人だったとすると、それは旅人にとってとんでもなく驚くべきことだったんじゃよ。―――過去に先回りされたのだから。
過去に行ったことが未来に作用すると旅人は経験から知っておった。だが何もしておらぬ筈の過去が未来に作用しておる。過去が先回りするなど予想外じゃった。
その歌がどこから来たのか不思議じゃろう?実はな、二度目の旅で旅人はその歌を見つけたのじゃよ。その地から遠く離れたところでな。
旅人はその歌を故郷に持ち帰った。そうしてあの男の見ている前でそれを奏でたのじゃ。ちょうど過去と未来の真ん中の頃にな。
そしてもののみごとに旅人はこのいたずらこぞうと怒鳴られた……。
つまりはそういうことなのじゃ。
仕掛けをしたのは旅人自身。過去の時点ではまだ仕掛けはなく、過去と未来の間に仕掛けられて、未来でその痕跡を見る。過去に戻り、仕掛け以前に水を退かせた。
なあ少年。
未来は今を救えぬ。今を救えるのは今だけじゃ。けれども過去は今を助けることが出来る。そしてひとは今にしか生きることが出来ん。
だからなあ、今日を頑張っていくことは、自分への精一杯の贈りものなんじゃよ。……ゆめゆめ忘れることのないようにな。
作品名:【ゼルダの伝説】ワールドヴィネット 作家名:ケマリ