【どうぶつの森】さくら珈琲
48.わたしの村、あなたのいた村
出て行こうと思った理由は単純。
彼がいなくなったから、というだけ。そんなことで出て行くなんて、馬鹿げてると思う。
でももう、だめだった。
彼と一緒に行った場所に訪れるのも、クリスマスの日にもらった天使の像を見るのも、気を遣ってくれるみんなのことも。
マスターには悪いけれど、あれから「ハトの巣」に入る勇気がなかった。隣に彼のいない空間が、耐えられない。わたしはこんなに弱い人間じゃなかったのに。
だから自分をやり直すために、何回も何回もこの村を出ようと考えたんだ。
荷物だってまとめた。でも、とまとたちに伝える勇気がなかった。
どうやったら傷つけずに伝えられるか、わからなかった。
自己嫌悪の毎日だ。どうすればいいかわからないんだ、もう……。
「あれー、さくら、出かけるのか?」
玄関でためらっていると、起きてきたリクが眠そうに尋ねてきた。
わたしは動揺がばれないように、平静を装って答える。
―――そのつもりだったけど、やっぱり、……やめた。
今日もわたしは、彼が来るはずのない村で、一日を過ごす。意味がないのに、待ち続けている。そんな自分を、日に日に嫌いになっていく。
もうすぐ春だ。でも、わたしの心はあの冬の日のまま、ずっと凍りついたままだった。
―――わたしって、嫌な奴だなあ。
わたしはリクの目の前で、自分でも気づかずに独り言を言っていた。
―――ずっと引きずってないで、彼の幸せを望むべきなのにな。
それしか、出来ないから。
いつまでも未練がましくいるより、ずっと良いよ。
でも、リクは「そんなことないだろ」と言った。
「あいつはあんなにさくらのこと好きだったんだから、きっと帰ってくると思うぞ」
リクはまだ眠たそうな口調だったが、言葉は本心のようだった。
ただの独り言にそんな返事をされるなんて思わなくて、わたしは虚を突かれた。
リクはまっすぐだ。よくそれでとまとが照れてたっけ。
サクラさんのことは、村中でわたし以外知らない。マスターにも、話していなかった。
だからリクからしたら、みしらぬネコさんがいなくなった理由は単なる旅行くらいとしか思ってないのかもしれない。
でも、その率直な優しさが嬉しかった。リクの言う通りだといいのにね。
―――ありがとう、リク。
いきなり玄関のドアが張り倒されそうな勢いでドンドン叩かれた。
わたしもリクもびっくりして見つめ合う。
「さくらさーん!! さくらさん、起きてるだもー!?」
慌ててドアを開くと、たぬきちさんが立っていた。しかし、いつもと違いスーツ姿ではなく、さっきまで寝ていたみたいにパジャマだ。
―――ど、どうしたの?
「大変だなも」とたぬきちさんはわたしの荷物に気づかないまま、何度も何度も繰り返していた。こんなに取り乱しているところを初めて見た。
「落ち着けよ、大丈夫か?」
リクが少し強めの口調で言うと、やっと深く息を吸って、たぬきちさんはこう告げた。
「村が……なくなっちゃうかもしれないだも……」
気づいたらわたしは、役場に向かって走り出していた。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗