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【どうぶつの森】さくら珈琲

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「あっ、さくらだ!」

 足を踏み入れた瞬間から、いつもと変わらないコーヒーの香りに包まれる。予想通り、ハトの巣にはみしらぬネコさんがいた。彼は興味津々とばかりに、早速わたしの隣にいるとまとを眺める。

「妹さん?」

 そんなわけない。確かにわたしに寄りかかって泣きじゃくってる小柄な彼女は、小さい妹に見えるかもしれないけど。
 とまとはカウンターに座り、ピジョンミルクたっぷりのカフェオレを出してもらった。
 そして、すっかり落ち着くと彼女はとめどない愚痴を言い始めた。

「だ、だって、自立するっていっても……わかんないことばっかりだもん……」
「だよねだよねー。オレも最初超困った!! 鶏肉と魚の違いわからなかったんだもん!」

 みしらぬネコさんの話は、ある意味とまとより重症だ。それにしても、やっぱりここに連れてきて良かった。みしらぬネコさんもマスターもうまく相づちを打って聞いてくれているし。わたし一人じゃお手上げだった。
 すると、急にマスターがグラスを拭いている手を止め、顔を上げた。

「彼が来ますよ」

 そう言うが早いか、ギターの音色が室内に響く。
 そっか。今日は土曜日。彼が来る日なのだ。

「とたけけ、ひっさしぶりー!」

 みしらぬネコさんが明るく手を振った。
 油性マーカーで書いたのではないかと疑うほど、きりっとした眉毛が特徴の真っ白なイヌの男性。
 彼の名は「とたけけ」さん。毎週土曜日の夜、ここで生演奏ライブを開いているのだ。
 とたけけさんはステージの上にダンボールをおいて腰を下ろすと、ギターを爪弾かせながら笑顔を見せた。

「やだなぁみしらぬネコ。先週も会ったじゃないか」

 どうやら彼はみしらぬネコ、と呼ぶのにわたしよりも抵抗がないようで、あっさりそう声をかけた。

「そうだっけ? とにかく久しぶりだね!」
「そうだな。さくらもこんばんは。ところで、そこの彼女はどうしたんだい?」

 とたけけさんは私の隣のとまとを指す。

―――……見てのとおり。

 しゃくりあげながら、とまとは訝しげにとたけけさんを見た後、今度は心細そうにわたしを見つめる。本当に人見知りな小さい子になってしまったみたい。
 とたけけさんは、そんなとまとにステージの上から声をかけた。

「やぁ、キミは何か困ったことがあるのかい?」
「え? えっと……」
「何か悲しいことでもあったのかい?」
「えぇっと……」
「よし、わかった。少し早いけど、歌を送ろう」

 とたけけさんの結論はいつだって同じ。「歌」で何事も解決してしまう。まぁ、確かにこの村ではそれでなんとかなる問題しか起こらないのだけれど。
 マスターが電気を消すと、スポットライトはステージ上のとたけけさんだけを照らす。そして、また静かにギターを爪弾いた。

「それでは聴いてくれ。今、世界中で悲しみを背負っている全ての人たちに……『けけマーチ』」

 時々、とたけけさんは噴き出してしまうほどキザな台詞を言う。みしらぬネコさんが冷やかして口笛を吹いた。
 そんなことも気にせず、とたけけさんは完全に音楽の世界に浸っている。しかも、それが様になっちゃうんだよね。
 彼の歌は古典的などうぶつ語。おまけに遠吠えもよく混ざるから、犬語に近いんだと思う。
 けれど、やっぱり音楽はすごい。何いってるかわからないけど、とたけけさんの美声のおかげでどんな歌も名曲に聞こえる。
 ふと隣を見ると、とまとはすでに泣き止んでいた。まだ少し濡れた目を輝かし、メロディを口ずさんでいる。すると、いきなり彼女は立ち上がった。その行動にわたしはひどく驚いたけど、ライブに夢中のみんなはまだ気づいていない。
 とまとは誰も使っていない古びたピアノの前に立つと、歌に合わせて伴奏を始めた。
 最初は寝起きのようにかすかすとした空を叩く音しか出なかったけれど、やがて即興で奏でたそれは、音楽となった。とたけけさんの歌やギターに、まるで最初からバンドのメンバーだったように調和している。みんなも、一瞬ライブのことを忘れて、とまとの予想外の行動に驚いていた。
 さっきまで泣きじゃくっていた女の子はどこにいったのだろう? 今まで見たことないほど、とまとは真剣だった。
 そして、演奏が終わると、少人数ながらも盛大な拍手が響いた。

―――すごいね、とまと!
「えへへ、音楽だけは得意なんですぅ」
「ぼくの歌についてこれるなんてびっくりだな」

 とたけけさんは感心しつつ、どこか少しおもしろくなさそうな口ぶりだった。しかし、それに気づかずにとまとは嬉しそうに言った。

「とたけけさん! 良かったら、次はあたしが歌っていいですかぁ?」

 みしらぬネコさんもわたしも、そして黙ってカップを磨き続けているマスターだって、ぜひとまとの歌を聴いてみたいと期待を込めてとたけけさんを見る。とたけけさんは少しの間悩んだようだったけれど、爽やかに答えた。

「もちろんいいよ! ぼくが弾ける範囲で、だけどね!」
「わぁい! きっと大丈夫ですよぅ!」

 とまとにあのネビュラの服を着せてよかったと思った。ステージのライトによく映える。今立っているのは、あの泣き虫でどんくさい女の子じゃない。堂々としている姿は、本当の歌手に見える。
 彼女の歌は人間の言葉だった。少し前に巷で流行った、ほろ苦いバラードだった。
 後ろでとたけけさんが少しムッとした表情を浮かべるくらいに、とてもそれは美しかった。
 糸に引かれるようにたくさんのどうぶつたちがやってくる。こんなにたくさんの人で「ハトの巣」がにぎわったのは久しぶりのことだった。

 きれいで、力強くて、それでいて優しい声だった。