【どうぶつの森】さくら珈琲
川の近くに行くと、水の中に小石を投げたような音がした。
水面に小さな波紋ができる。
わたし以外にこんな早くから釣りをするヒトがいるとは。もしかして、ロボかな?
しかも、そこにいたのは村の住人ではなく、見たことのないヒトの男の子だった。
黒い短い髪に、あまり焼けてない白い肌。なんだか、どこか儚げで几帳面そうなスタイル。くりくりした瞳が、わたしをとらえた。
―――お、おはよう。
ちょっと緊張しながらあいさつをしたら、その子は返事もせずまた視線を水面に戻してしまった。ようするに無視されたってこと。
ニンゲンが引っ越してくる、イコール我が家の同居人が増えるというわけで。この子はわたしが同居人であるということを知らないのだろうか? それともわかっていながらこの対応とか? 単に気づかなかっただけ?
悶々と考えるのはやめにして、わたしも釣りに集中することにした。魚影は見当たらないけど、待っていればアユくらい釣れるだろう。
すると、ぴくっとその子が動き、立ち上がって勢いよく竿を引いた。
ブラックバス、それもかなり大きいやつだ。それがばたばたと跳ねるのを見て、その子は一瞬だけ満面の笑みを浮かべた。それをわたしは見逃さなかった。
無愛想と思ったけど、あんな表情もするのか。
少し親近感が芽生えてきた。それに、釣り好きなら毎日のメニューに悩まなくて良さそう。とまとの好き嫌いも直せるし。
そして5分も経たずに、その子はアユを釣り上げた。おお、これも丸々肥っていておいしそうだ。
その次はライギョを、次はきらきら輝くアロワナを……あとで、フータさんに調理法を聞かなきゃ。
と、わたしがナマズ一匹を釣り上げる間に、彼は何匹も魚を釣っていた。
そのたびに見せる笑み。とまとだったら「かわいい!」なんて騒ぐような笑顔。最近日に日にロマンチストになっているとまとは、この子を見たらメロメロになってしまうかもしれないな。
そのとき、七時を告げるチャイムが響き、それを合図に彼は釣りざおを閉まった。
すると、今度はクーラーボックスに入った魚を全部じゃばじゃばと逃がし始めたではないか。
―――も、もったいない!!
勝手にお昼のメニューをこの子にゆだねていたわたしは、逃げ去る魚を呆然と見つめていた。
彼はわたしの方を不思議そうに見る。「何を言ってるの?」と言いたげな目だ。
―――……魚……。
やがて長い沈黙が続き、その子はわたしに確認させるように、空のクーラーボックスの中身を見せてきた。元はといえば勝手な思い込みをしていたわたしが悪いのだし、この子を責める権利なんてない。この子は趣味で釣りをしていただけ。そう、勝手におかずを当てにしていたわたしが悪い。
―――ごめん、なんでもないんだ。気にしないで。
そしてわたしは自分の釣りに戻る。ナマズってどう食べるんだっけ……。
すると彼はまた釣竿を取り出し、しばらく水面を見つめながらうろうろと歩き回っていた。そして、何かを見つけたのか、場所を決めてまた釣りを始める。しばらく待つと、すぐにウナギが一匹釣れた。いや、二匹が絡まっている。こんなことって……あるの?
「ラッキー!」
先ほどと同じように、嬉しそうな笑顔のまま、彼はそう言った。初めて声を聞いた。まだ幼さが残る、少年らしい声だった。
礼を言うと彼の頬は誇らしげにほころんだままだった。そして釣りざおを肩にかけどこかへと去っていった。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗