【どうぶつの森】さくら珈琲
家に戻ったとき、すでにとまととヴィスはデートから帰っていた。わたしはすぐに、バニラのことを伝えた。
予想通り二人は絶句した。昼頃を過ぎると、村中にその話は広まっていた。
「バニラ、いなくなっちゃうんですかぁ!?」
「……いきなりだね」
あのヴィスも驚きを隠せないでいる。
―――でも、バニラは夢が叶ったんだよ、お祝いしてあげなきゃ……。
心からお祝いしてあげたいと思う。なのに、どうしてもわたしの声は力ない響きになってしまう。
「でも、でもそんなの寂しいですぅ! いやですよぉ〜!」
とまとが駄々をこねるのを見て、わたしも涙が出そうになった。何回か別れに立ち会ったことはあるけれども、こればかりは泣くなと言われても無理だ。
そしてバニラの家に向かうと、すでに村のみんなが集まっている。出発はまだ先だというのに、早くも手紙やおみやげを渡そうとしていて、ほとんどお別れ会とも言える空気だ。
わたしは人だかりの中央にいるバニラを見かけると、声をかけた。
―――遊びにきたよ。
「あ、さくらさん……皆さん申し訳ないんですけど……、少しの間、さくらさんと二人にして頂けませんか? ごめんなさい」
みんなは快諾して、急いで退散してくれた。
わたしはくだらない質問だと思いながら、「どう?」と尋ねた。何がどう? なのだろうか。自分でも分からない。
バニラはいつもと違う様子のわたしに微笑みかけると、そのあと泣きそうな顔をしながら言った。
「さくらさん、わたし……小さい頃から本を読んであれこれ想像するのが好きなおとなしい子でした」
これは、聞くべきところなんだ。みしらぬネコさんが言ってたように。
―――うん。
「いつかわたしの書いた話がみんなに読まれたいって、けど、実際にプロになるなんて思ってなくて、こんな、いきなり……」
―――うん……。
「わたし、この村が大好きです。ずっと住んでいたいんです。」
―――うん、うん……。
「だから、断ろうと思うんです」
――えっ!?
相づちに強弱をつけるだけにしておこうと思っていたのに、つい違う言葉が出てしまった。
―――な、何いってるの!?
だめだわたし、落ち着くんだ。でも、どんどん抑えていた気持ちが出てきてしまう。
―――せっかく夢が叶ったんだよ!?
「でも、これから作家としてやってける保証なんてどこにも……」
―――どうしてそんなこと言うの!? これまでにない、せっかくのチャンスなのに!
珍しくわたしが大きい声を出したので、バニラは驚くと同時に泣きそうな表情になったけれど、止められなかった。
しかし、驚いたことにバニラは赤くなった目をとがらせると、反論をした。
「さくらさんは文学の世界を知らないから簡単に言えるんです! どれだけ厳しいか知らないから……!」
―――知らないよ、そんなの!
わたしの開き直りに、彼女は拍子抜けしたように、あんぐり口を開けた。
その間に、わたしは叫んだ。
―――でも、今までがんばってきたバニラを、バニラの物語を、わたしは知ってる!
何をそんなに弱気になるの!? どうしてそんな簡単に、あきらめるだなんて言うの!?
そこで言葉を止めた。
ぽろぽろと涙を流しているバニラを見たとき、わたしは胸が苦しくなった。
知ってるだなんて言っても、わたしにバニラの不安の全てがわかるわけないじゃないか。だからこうして怒鳴ったところで、何の意味もない。みしらぬネコさんの言うとおりだった。わたしが言う言葉は、全て余計なものに過ぎない。
彼女は声を押し殺しながら、小さくなって泣いていた。
わたしは初めて見る彼女の姿に、どう声をかけていいかわからず、その場で薄っぺらい謝罪の言葉を並べるだけだった。
その雰囲気に耐えられなくなって、黙って家を出た。なんて薄情なんだろう。こんなので本当に親友と言えるのだろうか。
見上げた空は、余計泣きそうなくらい曇っていた。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗