【どうぶつの森】さくら珈琲
「おはようだなも! さくらさん!」
ポストを確認していると、向こうからたぬきちさんが走っていた。激しく息を切らしている。
―――どうしたの? タオルいる?
「はぁ、はぁ……リクくん、アルバイトの説明も聞かずに走り出しちゃって……追いつくのが大変だっただなも」
リクのことを聞くと、見ての通り元気が取り柄なニンゲンの男の子。
ここよりもずっと田舎の山奥の村で、小さな弟や妹と囲まれて暮らしていたらしい。
たぬきちさんが言うには、「良い子だけど落ち着きがない」。
確かに、朝の食卓を見る限り何をしていてもそわそわしてるし、隙があればとまとと喧嘩ばかりしていた。
でも、わたしはそんなリクが来てくれてとっても嬉しかった。
バニラがいなくなってから、なんとなく家に寂しい空気が流れていた気がする。だから、こうして活気づけて新しい風を吹き込んでくれる誰かがいるというのは、とっても良いことだ。
さて、リクの新しい服を何着か買いに行こうとエイブルシスターズに向かった。ハリネズミの姉妹が営んでる仕立て屋さんだ。入るなり、きぬよちゃんが生き生きと話しかけてきた。
「さくらさ〜ん! 聞いたんやけど、かっこいいハリネズミの男の子が引っ越してきたって? うらやましいわぁ」
―――あ、いや。あの子ああ見えて、ニンゲンなの。
すると、店の隅でミシン作業をしていたあさみさんも顔を上げる。
「え? あの子ハリネズミとちゃうん、きぬちゃん」
「おねーちゃんの早とちりやーん! あの子ニンゲンなんやってー!」
「うそ!? あんなにすてきなハリを持ってたのに?」
誰から見ても彼はハリネズミに見えるらしく、わたしは思わず声をあげて笑ってしまった。
そして、この話題は「ハトの巣」でも引き継がれた。店に入るなり、みしらぬネコさんにこう言われた。
「やあさくら! 新入りのハリネズミくん元気?」
―――それ、今日何回目だろ。
花火大会の日から変わらず、わたしは「ハトの巣」に通い続けている。そしてみしらぬネコさんもマスターも、今までと特に変わらずにわたしを迎えてくれる。
まるで、何もなかったみたいに。
わたしはあの日から、ちょっぴりみしらぬネコさんの手が気になる。ピンク色の肉球を妙に意識してしまう。
だってあんなことがあった後だよ? わたしの考えすぎなのかな。手を握るって、社交的なみしらぬネコさんからしたら全然大したことじゃないのかもしれない。
でも、そうだとしてもわたしには衝撃的な出来事だった。
今日もわたしは、そのことに触れられず。だからいつも通りコーヒーを飲みながら、みしらぬネコさんと他愛のない話をした。
「いいなぁみんなで暮らすのって。ルームシェアって言うんだっけ、楽しそうだね!」
―――うん、大変だけど、とっても楽しいよ。
何より、ヴィスに歳の近い男の子の同居人が出来たことが一番嬉しい。やっぱり男一人だといろいろ気を遣うだろうし。
そう言うと、みしらぬネコさんは「ほんとさくらってお母さんタイプだなぁ」とからかわれてしまった。確かに、この間までは一人暮らしでこんなこと考えなかったのにね。
―――それじゃ、ごちそうさま、マスター。食べ盛りが家に待ってるから、そろそろ帰るよ。
「ちょっと待って、さくら!」
みしらぬネコさんが黒い傘をわたしに差し出した。
「雨が降りそうってニュースで言ってたから。オレ、これからちょっと用事あって送れないんだ、ごめんね」
別に義務じゃないんだから、謝らなくてもいいのに。
―――なんだか、みしらぬネコさんは紳士タイプだね。
「そう? ま、誰にでもそうってわけじゃないんだけどね!」
―――またそんな調子良いことを……。ありがとう。今度会ったとき返すよ。
少しだけときめく気持ちをばれないように、わたしは軽い口調で言った。
そして店を出て、今日は一人で帰り道。
最近彼はしょっちゅう用事だと言っていなくなる。それが少し、気になった。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗