【どうぶつの森】さくら珈琲
「結局虚勢を張っただけか。これだからガキは」
朝、ホンマがわざわざ家まで訪ねてきた。
まだヴィスは起きていない。なのでわたしが出た。
―――何? イヤミでも言いに来たの?
わたしはさっさと帰ってほしくて、ドアを閉めようとした。
なるべく小さな声で言ったのだけれど、どたどたと騒がしい音がして、すぐにとまとたちが降りてきてしまった。
ヴィスも後ろからふらふらと来たが、ホンマの姿を見るとすぐに目が覚めたようだった。
「一応、工事の日程が早まったことをお伝えに着ましたよ。明後日になりました」
わたしはもちろん驚いたが、何より真っ先にヴィスの顔を見てしまった。彼の表情に、だんだん絶望の色が濃くなってくる。
―――ちょ、ちょっと! そんなのいきなりすぎるよ!
「あんまりですぅ!」
「そうだよ! んなの無理に決まってるじゃねえか!」
リクはそう言ったあと、しまったと口を押さえたが既に遅い。もちろん聞こえているヴィスは、ショックで呆然とした顔で立ちすくんでいた。
ホンマはその姿を見てとても嬉しそうだった。それが余計憎らしい。
「ぼくちゃん、努力っていうのはねぇ、結果が期待できないときは意味のないものなんですよ。
無駄なものは、いつだって無駄」
と、余計な持論を勝ち誇った顔で言い残して、ホンマは出て行った。
しばらく誰一人口を開かなかった。とまとだけは、声も出さずに静かに泣いていた。
ヴィスはふらふらと頼りない足取りで、家をでていってしまった。
そして、また深夜。
わたしはすっかり寝てしまったとまととリクを起こさないよう、そっと家を出る。
ヴィスは池にいた。しかし釣りざおを持っていても、目は池を見ていなかった。近くにいるわたしにすら気づいていない。
朝と変わりない絶望の色をした目で、何もない場所をただ見つめていた。
―――ヴィス、大丈夫……?
ヴィスはわたしを見た。ようやくわたしがいることに気づいたみたいだった。
わたしは、彼と初めて会ったときのことを思い出す。
最初、なんて無口で失礼な子なんだろうと思った。
でも今はヴィスの良さを知っている。芯があって、自分にも他人にも正直で、しっかり者で絶対嘘をつかない子だ。
わたしはそっと彼の隣に座った。
「僕、大人になりたくないなぁ」
ヴィスはぽつりと呟いた。
そしてそれきり黙ってしまう。それが彼の本音だと気づいた。
返事はいらないとばかりに、ヴィスは笑う。寂しい、短い笑み。
もういいや、と屈折してしまったような笑み。
わたしは、彼にそんな風に笑って欲しくはなかった。
だから、決心した。
わたしは池に飛び込んだ。
心臓が止まるかと思うほど冷たかった。少しは準備運動しておいた方がよかったかも。
ヴィスは、わたしが頭がおかしくなったと思ったようだ。呆然と見つめるその視線が妙に恥ずかしくて、わたしは叫ぶ。
―――もうヴィス、がんばらなくていいよ! わたしが捕まえてあげる! どんな魚を釣りたいの?
ヴィスは相変わらず、理解に苦しむように眉間にしわを寄せている。恥ずかしいから、そんな醒めた目で見ないでほしい。そして彼は小さく、こう言った。
「ドラド」
えっとド、ドラド? 聞いたことのない単語に、今度はわたしが困惑した。
「ドラドは黄金って意味。金色の、まぼろしの魚」
まさかそれを捕まえられるとでも? と言いたげだ。わたしは、そんな魚が存在すること自体、知らなかった。噂の主って、多分それのことだろう。
「なーんて無理だけどね」
ヴィスははっきりと、言った。
そして立ち上がると、釣り道具を片付け始めた。
「無理だよ。もう、ぜんぶ、バカみたいだ」
―――無理じゃない!!
許せない。わたしの周りの大切な人が、そんな諦め方をすることをわたしは許せない。
勝手に醒めて、何もかもわかったつもりになって。それが、大人になったつもり?
諦めるのが大人になることじゃないよ。
―――絶対無理じゃない! ヴィスなら出来るよ 今までどんな魚だって釣ってきたじゃない! ヴィスなら絶対に……、
しかし、一生懸命説得するわたしに対しヴィスがどこか上の空だった。明らかにわたしを見ていないことに気付く。
その視線の先には、水面に映るほど輝く魚影があった。彼は片付けかけた釣りざおを取り出すと、すぐにかまえた。
―――あ、あの、わたしまで釣らないでね?
「静かに」
ヴィスの口調は意外にも冷静だった。ただ目だけが、興奮に輝いていた。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗