【どうぶつの森】さくら珈琲
31.サクラ
あの日から、みしらぬネコさんは、変わった。
いつも塞ぎこんでいた。毎日10杯はコーヒーを飲んで、しまいにはマスターにコーヒーを出されなくなった。笑うことも、ほとんどなくなった。
わたしは彼に問う。
―――あの人のこと、気になるの?
彼は鋭い目つきでわたしを見た。そんな目をされたのは初めてだったので、思わず言葉に詰まる。
「別に、そんなことないよ」
それが嘘だということは、鈍いわたしでもわかった。
あの日、サクラさんは言った。
「探してたの、ずっとずっと、あなたのこと――――――」
「ストップ」
サクラさんの言葉を、驚くくらい低い声で、みしらぬネコさんはさえぎった。
「その名を、呼ぶな」
わたしの知らない、彼だった。
ショックを受けたのは、こんな、くだらないことだけれど……わたしとサクラさんは同じ名前なのに、全く共通点がなかったこと。
サクラさんは、とってもかわいかった。一番は目。化粧でつり目をごまかしてるわたしに対して、彼女の瞳はまるで少女漫画のヒロインのようにきらきらと輝いていた。
すごくすごくかわいかった。
こんなときにそんなことを考えているなんて、どうかしているけれど……それが、すごくショックだったんだ。
「助けてほしいの」
サクラさんの言葉は切羽詰っていた。なんだか、ドラマのセリフみたい。そう見えてしまうくらい、彼女はかわいいんだもの。
こんなときにそんなことばかり考えてるなんて、自分がいやになる。
「サイハテ村がなくなっちゃうかもしれないの……私たちの故郷でしょ? お願い、もう一度力を貸して」
みしらぬネコさんはその名前を聞いて、一瞬辛そうな表情を見せたが、すぐに冷たく言い放つ。
「自分で故郷を捨てたんじゃないか」
わたしは入る隙間を見つけられず、黙って二人を見つめるだけ。
「違うなんて言わせないよ。アンタはどこかの金持ちと結婚して、村を売った。それなのに都合が良すぎると思わないか?」
みしらぬネコさんは、一言一言に溢れんばかりの憎しみを込めて言葉を吐き出した。
「誤解よ、サイハテ村にはあなたが必要なの!」
「黙れ!!」
こんなに怒る彼を、感情を見せる彼を、初めて見た。
わたしは、思った。これが、隠されていた彼の過去――彼の裏切られた姿なんだ。だがすぐに、みしらぬネコさんの表情が戸惑いに変わった。
サクラさんの頬を、一筋の涙が伝っていたからだ。
「ごめんなさい……」
サクラさんはうつむきながら謝罪をした。そこから、とても長く気まずい沈黙が流れた。
やがて、みしらぬネコさんはわたしの手を引く。
「行こう、さくら……」
その言葉はわたしに向けられたことに気づいた。どうしたら良いかわからないまま、わたしはサクラさんを置いていくことしかできなかった。
サクラさんは、悲痛の表情でずっとわたしたちを見ていた。わたしはなんだかその姿に、まだ気づかない真実がありそうな気がしてならなかった。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗