魔族の待ち時間
「ゼロスです。ゼロスとお呼びください。
あなたの名前は?」
「リーメイよ。私について来て。
歩きながら話しましょう。」
***
あたしと、ゼロスさんは夕暮れの街を歩きはじめた。
「ところで、リーメイさん。
あなたのその腰や腕につけられている宝石は?」
彼はしばらく無言であたしの後ろをついてきたのに、口を開いた。
「ああ、これ、実は5年ほど前におばあちゃんからこの宝石たちをもらったの。
なんでも、魔紅玉っていうものらしくって、魔法力を増幅させる力が備わっているって言われたんだけど。」
あたしは、腕につけてある宝石を見た。
改めて見てもきれいな真紅色をしている。
おばあちゃんが身に着けているのをうらやましくなって、子供のときに何度もねだったものだ。
でも、いつだっておばあちゃんは笑って「だめよ。これは大切なものなの。あたしの戦利品なのよ?」といってはぐらかされ続けていたっけ。
「まぁ、今はおばあちゃんからもらったし、これはあたしの家の家宝ね。」
「あたしのうちね。おばあちゃんが本当に、とっ~ても頭がよかったの!
おばあちゃんは魔法の知識もさることながら、魔法薬の知識も本当に豊富で!
うちの家はおばあちゃんの代から魔法医をやってて、この辺ではちょっと有名なのよ?」
「ほお、そうだったんですか。」
「そう、うちの母も父もよ。
あたしのお兄さんも、もう独立して魔法医を他の町でやっているわ。」
ふうーと、あたしはため息をもらした。
ゼロスさんに言われて、この宝石を見て、自分の立場を思い出したんだった。
「実は私だけが魔法力がまだまだ未熟で、
だから、見かねたおばあちゃんが私にくれたのよ。
私は大魔道士リナ=ガブリエルの血を引いているのに!
おばあちゃんは16歳でもう立派な大魔道士になってたって聞いたんだけど。私はおばあちゃんの歳を越えてしまったのに、まだまだ・・未熟。
あ~だから私は修行中の身なの。
おばあちゃんを目指して。
私も絶対立派な魔法医になって見せるわ!
この宝石にかけて!」
「はは。そうですか。あなたは意気込みが強い人ですね!すごいすごい!
人を助ける職業を選択するなんて、なかなかできることではありませんよね。
僕には到底できませんけど。」
「え?」
「いえいえ、こちらの話です。
ところで、ガウリイさんはどうしていますか?」
「おじいちゃん?」
「ええ。僕はリナさんと旅をしていましたから、もちろんガウリイさんとも知り合いなんですよ。
実は、僕はリナさんがガウリイさんと結婚しているとは知らなかった。
今から向かうリナさんの家のほうには当然夫であるガウリイさんもいらっしゃるわけですよね?」
「ゼロスさん、おじいちゃんはもうこの世には・・・
10年前におじいちゃんは心臓発作で亡くなってしまったんです。
本当に優しいおじいちゃんでした。」
「そうだったんですか・・・。それは残念なこと。
弔いのひとつもあげに来れずに申し訳ありません。
こう見えても僕も忙しい身ですから。
でも、リナさんは間に合ったわけですね。」
ゼロスさんは・・・
そうね、知らないわよね。
おばあちゃんの身に起こったことを。
話さなくちゃね。
「ゼロスさん。
実は話しておきたいことが・・・」
「なんです?」
「おばあちゃんのことなんですが、
実はおじいちゃんが亡くなってからだんだんと体も弱ってきてしまって、
同時に、少しづつぼけてきてしまったんです。
はじめは忘れっぽいだけだったんですけど、
ちょうどこの宝石をもらった頃から、だんだんともう以前のおばあちゃんのようではなくなってしまったんです。
今ではもう、会話すらできない状態になってしまって、うちでベッドで寝たきりになっているんです。
それで、おばあちゃんたちに一番かわいがられた私が今度は、おばあちゃんのお世話をしているんです。」
「そうだったんですか!」
さらに、ゼロスさんは驚いたようだったが、
「あなたはおばあさま思いのいい方ですね。ありがとうございます。」と、なぜかにっこりと笑われた。
「かまいません。
それでも、僕は一目だけでも彼女に会いたいんです。」
なかなか張り付いた笑顔からは彼の表情を読み取ることはできなかったが、声は決意に満ちているようだった。
***
「お邪魔させていただきます。」
「こちらです。ゼロスさん。」
私は一階のおばあちゃんの部屋へとゼロスさんを案内した。
「おばあちゃんただいま。帰ってきたよー。」
もう日もだいぶ沈みかけていた。
オレンジ色の淡い光が窓から差し込んでいて、おばあちゃんのベッドを照らし出していた。
おばあちゃんはその光をうけながら、静かに眠っていた。
「ゼロスさん・・・おばあちゃんは最近よく眠った状態が続くんです。
食事も介助して食べさせてあげてるんですけれども、ほとんど入っていかなくって・・・
父と母がいうには、もうおばあちゃんは老衰だろうって・・・
ときどき、点滴もしてるんですけど・・・」
彼はおばあちゃんのベッドに近寄っていった。
「リナさん・・・こんなに小さくなってしまったんですね。」
彼はまるで愛しい人にささやきかけるように、つぶやくと、
おばあちゃんのもうほとんど銀髪になってしまった栗色の髪をを手袋を着けた手で優しく撫でた。
あたかもこの人はおばあちゃんに恋をしているかのようだった。
それは年齢が違うにもかかわらず。
もしかして・・・ゼロスさんの欲しいものって・・・
「ゼロスさんには申し訳ないんですけど・・・おばあちゃんは、もうこんな状態なので、何を約束したのかは、今はあなたしかわからなくなってしまいましたね。
でも、おばあちゃんも人生の最後に、昔の知り合いが尋ねて来てくれるなんて、きっと喜んでくれていると思うんです。
そのために、得体もしれないあなたを連れてきたんですから、ふふ。
おばあちゃん。聞こえてる?
ゼロスさんという方がおばあちゃんを尋ねてきてくれたのよ?
少し目を開けて。」
私はおばあちゃんのベッドに近づき、少しおばあちゃんを揺さぶった。
すると、すぐにゼロスさんは首を振った。
「いいんです。リーメイさん。
それよりもお願いがあるんです。
少しリナさんから離れてもらえませんか?」
「え?」
どうしてかわからなかったけれども、私は素直にその指示に従った。
「そう、僕よりも後ろ。
はい。その辺で結構です。」
すると、彼は何か短い言葉を発すると、
突然私の目の前に光の壁が出てきたのだった。
「ゼロスさん!これはなに!?」
私が、その壁に触れると、私は後ろへとはじき返され、後ろの部屋の壁へと飛ばされていた。
「ああ!
ちょっと何よ!これ!」
見ると、彼はさっきまでの人とはまったく違った人相をしていた。
「あなたはそこで黙って見ていればよろしいのです!この魔障壁より入ってきては困る。
邪魔はされたくないのです!!」
会ってからほとんど彼の瞳は見えなかったのに、