リスティア異聞録4.1章 ユーミルはその昏い道を選んだ
それから、しばらくの時間が経った。ユーミルも少年の面影を残すものの、頼もしい青年の姿へと成長していた。その程度の時間であった。方々の諸侯達がくだらない小競り合いを続けている間に神懸かり的な速度で軍備を整えた新ログレス王 ファウゼルが世に不条理の矢を放つ。宣戦布告である。戦乱の火が再びリスティアを飲み込んだ。迎え討つユニオン、混乱に乗じるアヴァロンが続いて名乗りを挙げる。ヴァーミリオン家にも招集を促す檄文が届いた。当主は読むや否や破り捨てる。やがて重い口を開く、
「はじめおったか…… バカどもめがッ! ファウゼルッ! 獅子身中の虫めがッ! 失地回復というつもりなのだろうが…… 革命後で諸侯が疲弊している中、失地回復しても治めきれないことは分かっているだろうに…… ならば全て飲み込んでしまえば問題無い、そう考えたか! 狂王めがッ! 我が国も先王の娘を匿まっている大義名分を掲げてはいるが、先の戦の論功行賞で与える直轄地が足りなくなったというのが本音であろう。揃いも揃って、そんなことで民を泣かすつもりかッ!」
吐き捨てるように言うと当主と妻は手早く甲冑をつけユニオン首都へと馳せ参じた。警備の任についていたルーシェ隊も既に集結していた。まず侵攻と防衛の算段を立てるために軍議がとりおこなわれる。誰も口を開かずに時間ばかりが過ぎていく中、一人の貴族が口を開きはじめた。ここで目立っておけば論功行賞で有利になると考えたのであろう。
「で、あるからして…… アラヴィス山の防衛、ガラス古戦場の侵攻を主題に考えていきたいと思いますが…… 何かご意見が有る方いらっしゃいますか?」
つまり、アラヴィス山を守りきってガラス古戦場を抑えればログレスの首都攻めにおいて有利であるということだ。どう動くか分からないアヴァロンは一旦無視して対ログレス戦に主眼を置いた計画である。あまりに乱暴な戦略だ。それでは、あんまりだとヴァーミリオン当主が割って入る。
「対ログレスについては概ね賛成であります。しかし、その場合、最低限アヴァロンへの牽制及び防衛のための兵力を割く必要があると考えますが…… そうすると戦力が分散し過ぎてガラス古戦場が不利になるかも知れません。ログレスの規模感は掴めておりますが練度や強さも分からない現状、一旦はガラス古戦場を諦め、守りに徹し、敵の強さを見極めた上で侵攻作戦を立てるべきではないか? と、考えますが……」
正論である。しかし防衛戦だけでは土地は広がらない。そんな旨味の無い戦を誰がするか?またヴァーミリオン卿の正論が始まったと貴族達の溜息が場を支配する。
「ヴァーミリオン卿、卿のおっしゃることは分かる。それが一番被害を抑えられるかも知れない。しかし、勝機を逸する可能性も高いのですよ。なるほどガラス古戦場を抑えたとしてもファウル丘陵やバルフォグ湖を落とされればユニオン首都へ短刀をつきつけられたも同然。守りに当てる兵力は割くべきでしょう。しかし、他を飲み込んで強大になってしまう前に、ログレスを、ファウゼルを止めることが出来ないのです。ログレスの正当後継者である皇女様に玉座をお返し出来る日を先送りにして良いものでしょうか?」
『そうだ! そうだ!』 と、場の貴族達が紛糾する。
「しかし、ヴァーミリオン卿のおっしゃることも極めて正論。しかし、我ら屈強なユニオンの騎士団であれば寡兵なれどガラス古戦場を落とせることでしょう。ガラス古戦場へは、ヴァーミリオン卿の騎士団をはじめとした屈強な騎士団を送り、頑張っていただけるよう卿らに提案したい」
以降、どれだけ議論をしても専守案は却下されユニオン騎士団の3方展開が決定された。
この時集結した全24の騎士団のうち
14の騎士団がアヴァロン方面の警戒へ
7の騎士団がアラヴィス山の防衛へ
ヴァーミリオン騎士団以下3団がガラス古戦場へ
ガラス古戦場の会戦、侵攻戦にも関わらず包囲されて全滅。
この時、ヴァーミリオン卿の乗っていた馬は死亡した当主の亡骸を乗せたまま野営地まで帰ってきたという。
作品名:リスティア異聞録4.1章 ユーミルはその昏い道を選んだ 作家名:t_ishida