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Radiant Days~Love so sweet

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静かな教室に確かな熱狂が渦巻いている。見えない鬩ぎ合いがあちこちで囁かれている。だからと言って不快なものや悪意を感じるものは一つもない。永智の元に届く声はどれも好意的なものばかりで、鬩ぎ合いというには語弊があるかもしれない。だが、周囲の――いや自分以外のほぼ全員と言っても過言ではない。全員の関心の先はこの部屋に入ってきた奥村燐と名乗った講師である。
手に持っていた名簿を捲り始めた講師の気を引こうとチャンスをうかがっている。そんな眼差しがあちこちから感じる。
 永智が座る場所はその講師が立つ教壇の目の前である。
何が嬉しくて一番前なのかと笑顔で座る親友に噛みついたが、今では良かったとさえ思えるほど永智もまた講師である彼の姿に釘付けとなっている。
 何故、これほどまで惹きつけられるのか永智には分からない。分らないが、目を離せない。
 ようやく顔を上げた講師――奥村燐は教室を見渡すと一つ頷いた。こちらを見据える青い瞳は澄み切り、見たこともないほど奥が深く、綺麗だと思った。
 穏やかな波間を思い起こすほど静かな湖面。
 けれど、ただ穏やかなわけではない。
 なにものにも屈せぬ力強さが見えた気がして息をのむ。
――そうだ。
 惹かれて止まないのは、彼の青く輝く瞳なのだ。その眼差しに見つめられるだけで、己のすべてを見透かされているような感覚に陥る。けれど嫌な感じは一切しない。 むしろ、全てを受け止めて包み込んでくれているようにさえ感じてしまう。永智自身、人の心や気配を読むのが幼いころから飛び抜けて鋭かった。人が隠そうとする秘密を尽く暴いてしまう。それが原因で周囲の人間から疎まれることも多かった。
そんな自分を特別視せず普通に育ててくれたのは祓魔師である父と、どんなことがあろうとも動じることのない母である。二人が居なければ自分は本当に一人だったと思う。
 そして――隣に座る親友をちらりと見つめる。
つい顔を顰めてしまうが、永智から逃げなかったただ一人。その友は相変わらずへらへらと笑っている。
この笑みに救われているなんて、死んでも言わないが。
「おっし、まずこんな中で魔障にかかったことねぇ奴いるか?」
 聞こえてきた声にハッと我に返る。
 見上げた先にいた講師が自分たちに問いかけてくる。
 魔障――その言葉に永智は思わず顔を顰めた。
 幼い頃、祓魔師である父の任務にたまたま巻き込まれ、見えるようになった悪魔という存在。
はじめは見たこともない存在が怖くて仕方がなかった。
原因を作った父を恨んだこともあるが、今ではどれも小さなころのいい思い出とかしている。うっとうしいとも思えるそれだが、受けていないものはどう感じるのだろうかと純粋に興味がある。
 ちらりと後ろに視線を走らせれば手を上げる人影がちらちら見えた。
「おー、結構いるな。お前ら、祓魔師になるってことの意味、ちゃんとわかってるよな?」
 腕を組み唸り始めた講師が困ったというように眉を寄せる。何に悩んでいるのかまるで分らないと永智が首を傾げた時だった。
 教壇の上ににゅっと顔を出したのは一匹の犬である。
ふさふさな毛は淡いピンク色をしていて半分瞼が下がった目は黄緑色の不思議な色をしていた。
 首元に結わえられた大きなリボンを揺らし、講師に飛びつく。
「――へ、って! お前!」
犬が教壇に立つと今まで冷静だった講師が声を荒げた目を丸くする。
(へえ~、普通に声あげたりすんだな。あの人……)
「お前なにやってんだよ!」
 あたふたと犬に向かって話しかける姿はさっきまでの凛凛しい姿とはかけ離れ何とも滑稽で、笑いが込み上げてくる。ついうっかり噴き出すと戸惑いつつも鋭い叱りの声が返ってくる。
「こら、何笑ってるお前ら……。つーか、俺が変なんじゃなくて、こいつが変なんだぞ?」
 ふうっと深いため息をつき、眉間をもむ姿はいかにも仕事に疲れた大人といったところか。眉間にしわを寄せたまま、これ、といいながら犬を指差す。
 聞こえてきた内容は常識の範疇を逸脱するものだった。
「お前ら、笑っていられるのも今のうちだぞ――こいつ、じゃなかった。この犬っころに見える奴は正真正銘この学園の理事長だぞ」
 さらりと言い放った言葉に全員が固まったのを永智は肌で感じた。
「こらこら、奥村先生。何をさらっと私の秘密を暴露してるんですか」
 ふんと鼻を鳴らし、反論したのは目の前に鎮座する犬。
「暴露も何も、そんな姿で来てんだからバラしてもいいってことだろ?」
「……言いますね、君も」
「は! 何年あんたと付き合ってると思ってんだ。あんたの気まぐれには慣れたさ」
 教壇に立つのは紛れもなく講師だ。そして、教卓にちょこんと座っているのはどう見たって犬だ。それも犬種のよさそうな――。
 そんな二人、いや人と犬が普通に会話をするなどあり得ない。あり得ないが――。
(マジこいつら何者だよ! ――犬がしゃべるって、ありえねえだろ!)
 固まる生徒をよそに二人の会話は止まらない。むしろヒートアップし始める。
「それはいいとして。――感心しませんね、奥村先生」
 理事長だという犬は前足を、講師である青年に向け叱り始める。
「何だよ?」
 怪訝な顔をして犬と真剣に向き合う。
 それが自分たちと変わらない少年のように見えた。
 正規の祓魔師としての制服を纏い、稟と佇んでいたさっきまでの姿と彼は同一人物なのだろうかと瞬きを繰り返してしまう。
「ここは祓魔師を育てるための塾。魔障を受けていない子供たちが多いとしても、躊躇うのはいい加減おやめなさい――」
 その声は鋭さをもって教室内を響かせた。
 息を飲んだのはいったい誰か。
 全員が彼らを凝視する。
 紛れもなくこの空間を支配しているのは犬――もとい理事長に他ならない。互いに向き合ったまま何も言葉を発さない。重苦しい沈黙が下りる。
 それを破ったのは、講師の方だった。
 深いため息をつくと頭をかいた。
「――分かってるよ、メフィスト。俺だって講師だ」
 こんな頼りない俺だけど――。
 そう続いた声に反射的に反論したくなった。喉まで出かかった言葉を永智は慌てて飲みこむ。彼が頼りないなんてそんなことはない、と。そう思った自分が信じられなかった。
 何故なら、永智は何も知らないからだ。
 彼が講師としてどのように講義を行っているか。
 どんな性格をしている人なのか。どのような人なのか。
 何一つとして知らない。
 なのに、彼の言葉に反論しようとした自分自身の行動が分からなかった。混乱する永智をよそに、彼らの会話は続いてゆく。
「ではなぜ、そのように戸惑うのですか?――いや、怯えるといった方が正しいのでしょう」
 理事長の放った問いかけに彼の眉間に皺が寄る。けれど、何も言わない。ひたすら耐えるように拳を握りしめる姿に、胸が苦しくなった。
「恐ろしいですか? 悲しいですか?――これから祓魔師として傷ついてゆく彼らが」
 永智ははっと息を飲んだ。
 彼が憂いているのは自分たちのことを思ってなのだとようやく理解できた。
 彼は自分たちの未来に心を砕いているのだ。
 初めてあった何も知らないただの生徒と講師でしかないのに。
(――どこまでお人好しなんだ、この講師)
作品名:Radiant Days~Love so sweet 作家名:sumire