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儚いもの

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『ウォルター』
 祈りに手指を組み合わせていた女の子が、ウォルターのほうを振り向いて、ニコリと笑う。
 首を傾げて、あどけない、可愛らしい笑顔。
 幼馴染みのエミリー。
『エミリー』
 無邪気に差し出された、自分よりひとまわり小さな、温かい手を、きゅっと握りしめる。
『行こうか』
 ウォルターも自然と笑みを浮かべて、女の子と手をつないで、ともに歩き出す。
 なんでもない日常のことを話して、笑い合う、幼いふたり。
 そう、ちょうどあの白い百合の花のように、ささやかながら白い光に満ちたまぶしい日々。
 だけど、その日々は……。
 するりと手が離れて、教会のほうへ駆けてゆく、女の子の後ろ姿。小さくなっていく背中。
 そして。
『エミリーッ……!』
 ウォルターは目をつぶり、ゆるく首を振る。
 思い出が炎の色に塗りつぶされる前に、頭から振り払った。
 過去のことだ。
「キレイだね」
 急にぽつりと出された言葉に、ウォルターは隣を見る。
 相変わらず、何を考えているのかつかみにくい無表情で、アンディがぼそりと言う。
「キレイ」
 言われて視線の先をたどる。
 地面に光の群れ。青や緑や黄色や白、そして……赤。
 たくさんの色たち。
「……ああ」
 きらめいて落ちていく光。歪んだ地面に色をつけている。色を。
 もはや、聖画でもなく。
 なんとなく、アンディの言いたいことが理解できた。
「そうだな」
 ふっと笑う。そしてウォルターは、あることに気付いて一歩後ろに下がった。
 最後にステンドグラスを一瞥し、次にアンディの頭を見下ろして手をのばし……がっしと肩をつかんだ。


作品名:儚いもの 作家名:野村弥広