輪る双子
◇
「高倉ー!」
「おっと、」
いきなり突進してきた友人に眉を顰めるのも毎度の事だ。
それを上手く交わすのも慣れたもので、何だよケチだな、と唇を突き出す山下に適当に返事をしておくのも日常のうちだ。
「な、今日こそ女の子紹介してくれよー」
「やだ」
「やだって冠葉くん、そんな殺生な…」
「ナンパでも何でもすればいいだろ?俺に頼んな」
「えー、つれないよなぁお前は」
アイツなら、と言い掛けて自分で疑問符を浮かべている。
「ん?誰だよアイツって」
「んな事俺が知るかよっ」
おかしいなぁと首を傾げる山下をそのままに、俺は足を進める。
今日も何時も通り、時々麗らかな日差しに負けそうになりながら授業を受けて、心の籠った母親お手製の弁当を山下と馬鹿言いながら食べて、放課後は女とデート。
遅くならないうちに帰らなければ陽毬も心配するから、程々にして帰路に着く。
いつも通りのはずなのに、それはぽっかりと穴が空いたように、俺を言い様のない虚無感に導いていた。
まるで半身を奪われたような喪失感。
まだいいじゃない、と腕に絡みつく女を押し退け、悪いとはにかんで別れを告げた。
帰り道、ゆっくりと家路に向かいながら今日一日を振り返る。
台所に立つ人物が思い描いていた姿と違う、それが第一の違和感。
団欒を囲む家族に対しての違和感。
陽毬の制服姿を見て違和感。
飾られた写真の中に対しての違和感。
一人で登校する事への違和感。
“高倉”と呼ばれて、何かが足りないと妙に落ち着かない違和感。
弁当の中身が可愛らしさで彩られていた事への違和感。
隣に誰かが居ないという違和感。
自分の中で、蒼色だけが思い出せないという、違和感。
何かが、全てが、違う。
「いたっ」
「あ、悪い…」
ぼんやり歩いていると、前方から来た誰かにぶつかってしまった。
情けなくも平謝りし、ふと視線を上げたところで、心臓がこれでもかと言う程盛大に音をたてた。
「あ、いえ、私の方こそごめんなさい。お怪我ありませんか?」
茶色いボブカットの愛らしい少女が、焦った声で俺を労わる。
記憶に刻まれたその制服は、確かに最近になって身近になった存在―――だったはずだ。
確かな予感が頭を掠め、震える手で少女の腕を手繰り寄せる。
「ねぇ君、俺と会った事あるよね」
確信を持って尋ねてみても、その少女は訝しげに眉を顰めるだけだった。
「誰か他の子と間違えてませんか?私は貴方と会うのは初めてなんですけど」
「よく思い出してみてもらえないかな?確かに俺は君の事、」
「苹果?どうしたの?」
同じ制服に身を包んだガングロの少女がそう名を呼んだ。
そうだ、苹果。荻野目苹果。
彼女の名は確かそれで当っているはずだ。
だって彼女は俺の、俺たちの、重要なキーパーソンだったのだから。
俺、たち。
「…陽毬の、病院」
「え?何?」
「苹果、行こう。この人ちょっと変だよ」
「う、うん…」
ガングロの少女が俺の腕から奪い去る様に引っ手繰り、荻野目さんを連れていく。
ふと、荻野目さんが大きな瞳で振り返る。彼女も何かを感じ取ったのだろうか。
彼女は知る事を止めて前を向いて歩き出したけれど、俺はそうはしたくなかった。
知りたい。見つけたい。己の中に眠る何かを。
違和感を埋める為に、俺はある場所を目指して駆け出した。
そこに行けば思い出せそうな、取り戻せそうな気がした。
真っ白な清潔感溢れる、それでいて物淋しい建物。
大切な存在が確かにそこにいて、足繁く通い、辛い思いを沢山経験した場所。
はっきりと、ぼやけた輪郭を取り戻していく。
『冠葉』
声のする方へ、本能の赴くまま歩を進める。
確かにその答えは、そこにある。