Love of eternity
6.
時折、悲鳴のような声を上げてうなされるシャカのそばを、アイオリアは片時も離れず看病する。何かを求めるように伸ばされるシャカの白い指をアイオリアがぎゅっと握り締めると、少し安心したような顔をしてシャカは眠りにつく。
酷く縛られたような鬱血した箇所や切り刻まれた皮膚が少しでも早く直るようにと、溢れ出そうになる涙を堪えて、あまり得意ではないヒーリング小宇宙を送る。
そんなことを一週間続けて、ようやくシャカの傷は跡形もなく消え、彼は身を起こすほどまでに回復した。
「―――君は聖域に帰れ」
食餌をシャカに持っていったとき、シャカがポツリと呟いた。
「いま、何か言ったか?」
「帰ったほうがいいと言ったのだ。君は聖域に戻りたまえ。私はもう大丈夫だから。あとは自分でやれる」
「放っておけるわけがないだろう?馬鹿なことをいうな」
ざわつく胸の奥。
一人にしてしまっては駄目だ。そう頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「君まで立場が不味くなるであろうが」
「今更、どう立場が不味くなるっていうんだ。これ以上堕ちようがない」
「しかしーーー」
なおも食い下がるシャカに苛々する。
「それに魔鈴や他のものたちが上手くやってくれている」
「そんなことが教皇に通用すると思うのか!?」
「―――だったら!受けてたつしかあるまいっ!」
バン!と持ってきた食餌を盆ごとシャカの寝台の横にある机に叩きつける。はずみで落ちたコップが耳障りな音を立てながら砕ける。
しまったと思い、慌てて振り返るとシャカは真っ青な顔をして寝台の上で、耳を塞ぐように膝を抱え込んでいた。
彼はいまだ、吹く風の音にさえ恐れ戦慄くというのに、配慮に欠けた行動だった。
「―――すまない。大丈夫だから……恐がらないでくれ」
そっと寝台に片膝をつき、シャカの身体を柔らかく包み込むように抱きこむ。彼の額に小さな口づけをし、アイオリアはシャカの身体を優しく包み込んだまま、瞳を閉じた。
シャカの速い鼓動が少しずつ緩やかなリズムに戻るのを待って、アイオリアは先日ムウに貰った薬のことをシャカに伝えた。
苦しみを忘れることのできる唯一の方法を。
「……もう苦しまなくていいから。だから、飲んでくれ―――頼む」
アイオリアは祈るような思いでシャカの返事を待った。
イエスかノーか。
可能性は半々である。
つらい現実を忘れることをこの男の矜持が許すだろうか?もはや矜持さえも失わせた現実を忘れたほうがよいと思ってくれるだろうか?
長い沈黙ののちにシャカはアイオリアの腕の中から離れ、長い睫毛を揺らし、ゆっくりと冴え渡る空色の瞳でアイオリアを捉える。
「おまえが……それを望むのなら」
「―――本当か?」
「ああ。でも、一つ条件がある。おまえがそれを果たしてくれるなら、飲んでやろう」
瞳を細めどこか自虐的ともいえる笑みを浮かべたシャカに警戒する。シャカはこのことを良しとしていないのだと、思い知らされる。
きっと難題をつきつけて、『それでも、おまえはそれを望むのか』と問うのだろう。
アイオリアがごくりと喉を緊張に鳴らせるのをシャカはどこか遠いものを聞くような表情をしながら呟いた。
「アイオリア、それはどれくらい飲めばいいのだ?」
「……確か半分飲めば十分だと。それ以上飲めば、違う記憶まで曖昧になってしまうらしい。何故、そんなことを聞くーーー!?」
すっとアイオリアの胸に倒れこむように身体を寄せたシャカに言葉を失う。
「そうか……」
そして細すぎる腕をアイオリアに回し、囁くようにシャカは条件を提示した。
「―――アイオリア。私はたとえ、この記憶がどんなに忌まわしく、つらくとも、おまえを守った証なのだと胸を張れる。けれども、おまえがそんな私を見るのも穢らわしく、つらいというならば仕方がない。おまえを苦しめたくはないから。でも、敢えておまえに条件を出す。私の覚悟とおまえの覚悟は相応でなければならないのだから」
「覚悟……」
それほどまでして挑むこととは一体―――。
すうと深く息を吸い込んだシャカは顔を上げて、真直ぐにアイオリアを見た。
作品名:Love of eternity 作家名:千珠