Love of eternity
10.
遠目で見たことはあった。
アイオリアと二人、肩を並べる姿を。
遠くからアイオリアを見守っていた姿を。
そして、いま己の目の前に佇む男の姿は凄烈なまでに美しい、と魔鈴は思った。
「……どうやら、あたしが最後のようだね?」
風に乗って届く、血の香り。
顔色一つ変えることなく、この男は彼の矜持を汚す者たちの命を無慈悲に奪ったのだろうか。
生暖かい風が冷たい仮面を撫でる。
最も神に近い男の技を受けてみるのも一興か……。
アイオリアの記憶さえも奪ったのはこの男。アイオリア発見ののちに直接魔鈴の小宇宙に語りかけてきたのだった。
『アイオリアに余計なことを申すな』と。
神に近い男といわれるこの乙女座の聖闘士の力の片鱗に触れることができれば、聖闘士としても幸いだ……そう、クスリと仮面の下で笑んだとき、冷たい無機質な声が問うた。
「―――アイオリアの具合はどうかね?」
「安心しな。アイツなら、きれいサッパリ忘れている。あんたのことを心配してかけつけたことも、あんたがずっとアイツを見守っていたことさえも」
何故そのことを知っている?とでも言うように、シャカは僅かに片眉を上げた。
フフっと小さく笑った魔鈴を奇異なものでもみるかのように、シャカは閉じた瞳で見ていたが、小さく息をついた。
「……ならばよい」
くるりと背を向け、真っ白なマントを翻し立ち去ろうとするシャカを呼び止めた。
「シャカ!……あたしを放っておいていいのかい?アイオリアから記憶を奪って……アンタは本当にそれでよかったのかい!?」
ぴたりと足を止め、ほんの少しシャカは顔を向けた。薄い笑みを湛えたその美しい横顔は、凄まじいほどの迫力で魔鈴を圧倒した。
「魔鈴……とかいったな。忘れるでないぞ……このシャカ、おまえごとき白銀の命なぞ何時だって容易く奪える。それはアイオリアとて同じ」
そこで一旦言葉を切ったシャカに対して、魔鈴はその言葉の意図するものを確認した。
「それは、あたしが万が一にでもアイオリアに口を滑らせようものなら、あたし共々アイオリアを殺す、そういうことかい?そうまでして、あんたはアイオリアに知られたくないと。それじゃあ、アイオリアの気持ちは?いや、あんたの想いはどうなる!?」
この二人の間にあったのは友愛などという生易しいものなどではないのであろう。
少なくとも、ずっとアイオリアを見守ってきたこの男にとっては。
もっと切実で、狂おしいまでの想いのはず。
それを切り捨ててまで選ぶ理由は?
「……彼に闇の記憶は不要。アイオリアはアイオリアの輝く道を行けばよい。そして私は……私の血塗られた道を行くだけだ」
そう言うと、高く澄んだ空を見上げたシャカは一瞬強く吹きつけた風に攫われたかのように見事に姿を消した。仄かに輝く残光だけが、シャカがいたことを示すのみである。
その残光をぼんやりと魔鈴は眺めながら、シャカはただの慈悲で魔鈴を生かしたのではなく、魔鈴を証人として定めたからこそ、自分は生かされたのではないかという考えに至った。
凪いだはずの風が再びサワサワと森をすり抜け魔鈴に迫る。
「そういう生き方は……あたしは好きじゃないよ。でもーーー」
―――見届けてやるよ、あんたの生き方を。
小さく呟いた魔鈴の声は強く吹きつけた風に掻き消される。
ただ、見上げた蒼い空だけが悲しいまでに高く感じた。
Fin.
作品名:Love of eternity 作家名:千珠