Love of eternity
Pain
なぜ人に痛覚はあるのか?
―――それは必要な感覚だから。
痛みを感じなければ、もっと強くあれるとしてもか?
―――人が生きていくために、必要不可欠な感覚だから。
不要なモノなど切り捨てればよいのではないか?
―――切り捨てることなどできない、大切なモノだから。
1.
「おや、ずいぶん珍しいこともあるじゃないか。明日は嵐でも来るんじゃないのかい?」
聖闘士候補生の訓練を一通り終えて、自己の鍛錬に向かおうと闘技場から出たその時、ふと目端にとらえた人影が、ここ数年、宮下に姿を現すことのなかった人物であることに気づいて魔鈴は密かに笑みが毀れた。
恐らく、その人物が誰なのかさえ思い当たる者が少ないのではないだろうかと思えるほど、滅多に姿を拝むことのできないその人物は優雅に流れる髪を靡かせながら、颯爽と通り過ぎていく。
無駄のない、隙のない動きは、ともすれば人間ではない何か別の生き物のようであると、ぼんやりと思いながらも、気づかれぬように気配を絶ちながらその後を追っていく。
追いつけそうで追いつけない距離に焦れつつも、突き放されないように追いかけていくと、随分と聖域から離れたところで、その相手はぴたりと立ち止まり、不意に振り返った。
「―――なぜついてくるのかね?」
抑揚のない声が届く。
「やっぱり、バレていたようだね」
さして悪びれもせず魔鈴は仮面の奥でにんやりと笑みを浮かべると、そのまま距離を縮め、幾分背の伸びた青年の横に並んだ。
相変わらず線は細く、力勝負ならもしかして勝てるのではないか?とも思えるほどであるが、見た目に騙されて挑もうものなら、とんでもない仕打ちが待っていることを魔鈴は百も承知していた。
「随分珍しいこともあるもんだと思ってね。どこに行くつもりだったんだい?」
「おまえには関係なかろう」
素気無く返された言葉に魔鈴は肩を竦めながらも、別段気分を害するでもなく、再び歩き出したシャカの歩調に合わせるように歩幅を広めながら少し後ろからついていく。
いつも見慣れている男たちに比べてやはりシャカは華奢な体型ではあるが、それでも優に頭1つ分は高く、質のよい筋肉をつけていると、その後姿を眺めながら勝手な感想を抱きながら、話を切り出した。
「アイオリアとは会ってないのかい?」
「会う必要がなかろう」
「ふうん……じゃ、この前あいつがドジ踏んで怪我したとき翌朝にはすっかり傷が消えていたのは何でだろうねぇ……?結構な怪我だったんだけどさ」
「あれは自己治癒能力が高い。おまえたちのように時間を要さぬのだろう」
「ふぅん。そんなもんかねぇ……っと!」
不意に立ち止まったシャカの背中に、危うくぶつかりかけた魔鈴だったが、かろうじて回避する。
「なんだい急に立ち止まって……!?」
攻撃的小宇宙の蓄積を感じた魔鈴は驚きながらも同様に小宇宙を高めた。しかし、それは自分に向けられたのではないことを次の瞬間、理解した。
「―――なに、女連れてこんなとこまでウロウロしてんだよ。さっさと戻れ。シャカ」
「デスマスク……」
前方に目を向けると嫌な気を纏った男が立っていた。初めて見る男だが、感じる小宇宙は黄金クラス。だが、とても不浄な気を纏っている。聖闘士とはとても思えなかった。
「自宮から勝手に抜け出すなと言ってるだろうが。それとも何か?教皇サマのご不興をワザとかってまた仕置きされ……!?」
「―――虎の威を借る狐ほど目障りな存在はない、そう思わぬか?デスマスクよ」
魔鈴の横にいたはずのシャカは瞬時にデスマスクを捉え、マウントポジションを固めていた。デスマスクの喉元にはしっかりとシャカの手がかけられている。
「ま……待て!」
「このシャカ、おまえごときに愚弄されるほど、堕ちてはおらぬわ」
体重差からして、すぐに返せないはずはなかろうが、生憎とシャカの手には蓄積された小宇宙が今や遅しとその解放を待っている。
勝負ついたな、と冷静に分析する魔鈴とは対照的にデスマスクは珠のように汗を噴出していた。
「―――わかった!好きにしろっ!どうなっても知らんぞ。俺はっ!!」
捨て台詞を残して、ふっとデスマスクが姿を消したのを見て取り、魔鈴は小気味よく手を鳴らした。
「早業師だねぇ、あんたは。あいつは一体なんだい?黄金(なかま)か?」
魔鈴の問いには答えず、シャカはすっと立ち上がり、膝についた土を払った。
作品名:Love of eternity 作家名:千珠