Love of eternity
2.
「おまえたち白銀には関係ない。去れ」
抑揚のない声で答えたシャカが今度こそ魔鈴を突き放そうと、瞬間移動を試みようとしたその時、不意に魔鈴が飛びつき、バランスを崩して倒れた。
「―――何のつもりか?」
つい先ほどデスマスクにシャカがしたように、魔鈴がシャカの上に馬乗りになっていた。
「逃げるんじゃないよ。あたしから、じゃない。あいつから。今だってそうだ。本当にあんたって男は敏感にアイオリアの気配を察知するんだね?気づいたんだろ?あいつがすぐ近くに来ていることに」
瞳を閉ざしたまま、下から睨みつけるシャカに魔鈴は微笑んだ。
「この状態を見てあいつはどう思うんだろうね?面白いとは思わないか?もしかしたら、いい起爆剤になるかもよ?」
「愚かなことを」
道の向こうで戸惑うように立ち止まったアイオリアの気配。どうするかと思えば、木の陰に身を潜めてこちらを伺っているようだ。
くすりと悪戯っぽく魔鈴は笑みを浮かべると徐に己の素顔を隠す仮面に手をかけた。
「ほら、あたしたちにアイオリアが気づいた。何だか不審がっているよ?」
楽しんでいるのかと怪訝に眉を寄せるシャカに構う事無く魔鈴は言葉を続けた。
「……あんたも知っているだろうけど、あたしたち女聖闘士は仮面の下の素顔を見られちゃいけないんだ。見られたら……相手を殺すか、愛するしかない」
「―――それで?」
「あんたはその瞑った瞳であたしの素顔が見えるのかい?」
シャカはそれに答えず、ただ、瞑ったままの瞳をまっすぐに魔鈴に手向けた。
「シャカ。あんたは痛みを知らぬ風を装っているけれど、あんたも人間だろ……?」
仮面をそっと外した右手を掲げながら、魔鈴はそのまま身体を傾けるとシャカの唇にそっと重ねた。
なぜ人に痛覚はあるのか?
―――それは必要な感覚だから。
痛みを感じなければ、もっと強くあれるとしてもか?
―――人が生きていくために必要不可欠な感覚だから。
不要なモノなど切り捨てればよいのではないか?
―――切り捨てることなどできない、大切なモノだから。
緩やかな風が吹きぬけて木々の緑を揺らした。
「……切り捨てるなと、そう、おまえはいいたいのか?」
ひと時の間ののち魔鈴の唇が離れ、シャカは一切の感情を感じさせない声で問うた。
「簡単に切り捨てられるほうの気持ちをーーー考えたことはあるのかい?あんたはそれでよくても、切り捨てられるほうは堪ったもんじゃないよ」
素顔を曝したまま魔鈴は深く眉根を寄せた。わずかに目の奥に熱が籠り始めたのを感じながら。
「なぜ、おまえは私にこんなことをするのか?」
「さぁね。ほんの気まぐれさ。少なくとも木陰で身を潜めている誰かさんの興味を引くことぐらいはできたんじゃないのかい?」
「下らぬ」
「あたしはそうは思わないよ?眠れる獅子が目覚めた時、どうなるか。とても楽しみだ」
右手に持った仮面を再びつけると魔鈴はひょいとシャカから飛び退いた。
「あたしの素顔を見たんだ。あんたを殺してもいいかい?それが嫌だってんなら、あんたを愛するしかないんだけど!」
その場に似つかわしくないほどの陽気な声をあげる。ふっと小さな笑みを浮かべたシャカが静かに答えた。
「いつでも挑んでくるがいい。返り討ちにしてくれるわ」
「だろうね……!ま、それは先の楽しみにとっておくさ。しばらくは獅子をあんたにどう焚きつけてやろうかと画策するさね。最高の嫌がらせだろ?」
「―――最悪な女だな。おまえは」
「最高の女だと、きっと感謝することになるだろうさ」
そう言って駆け出していく魔鈴。その後姿をシャカは静かに見つめる。
魔鈴が駆けて行った先の木陰には身を潜めるようにしていたアイオリアがいた。慌てるような素振りを見せるアイオリアが魔鈴に何か言われているのを見て取りながら、シャカは微笑むと当初の目的を果たすために聖域を後にした。
―――沙羅双樹の木を迎えに行くために。
Fin.
作品名:Love of eternity 作家名:千珠