Love of eternity
2.
怒りを全身に漲らせ、シャカに詰め寄っていったのは今回与えられた任務の責任者でもあるアイオリアだった。シャカもカミュも補佐役として同行していたに過ぎなかった。
「おまえ…っ!一体どういうつもりだっ!?まだ生きていたのに…あぁ…なんていうことを…!過ちに気付いて悔いていたのに!それなのにおまえは…っ!?」
アイオリアは憤怒の感情を露にシャカの肩を掴み、激しく揺さぶりながら、声高に抗議してみせていたが、対するシャカは飄々と受け流しているように見えた。
それが余計に腹立たしく思わせるのか、一層激しく責め立てるアイオリアだがシャカは一向に口を開こうともせず、沈黙したままだった。
「もう、いい加減よせ、アイオリア」
怒りの矛先が自分に向けられる可能性もカミュは考えたが、このまま放っておいてはきっと埒があかないだろうと二人の間に割って入る。
「おまえは黙っていろ、カミュ。こいつは前もそうだった。その前も…その前の前も!どんなに命を乞うものも容赦せず……っ」
ぐっと言葉を詰まらせ、悲痛な面持ちを浮かべるアイオリア。情深いゆえに与えられた任務を放棄し、厳罰に処せられたことも一度や二度では済まないことを知っていた。
そのため本来なら単独で任務に当たるべき黄金聖闘士でありながら、アイオリアには補佐といいつつ、其の実、監視役がいつもついて回っているという噂も聞いていた。
だが、最近ではそんな失態も耳にしなかった。なるほど、その影にはシャカがいたのかとカミュは妙なところで納得した。
そして、今回の任務。噂でしか聞いていなかったが、本当にアイオリアには監視役がついていたということに若干驚きつつ、カミュにもその役が回ってきたのだった。
任務といえども、せいぜい高みの見物程度で済むだろうという算段だったが、その期待はことごとく裏切られた。
実際はそんな甘いものではなく、黄金聖闘士といえども過酷な任務だった。それをアイオリア一人で成し遂げさせていたのだとしたら、酷過ぎるようにも感じられるほどに。
アイオリアがいつもこんな勅ばかりを一人で引き受けていたのなら…そう思うとカミュは遣り切れなさを感じずにはいられなかった。
そして、シャカがそんなアイオリアの監視役を務めていたとしたら。
シャカは共にありながら、自分のように遣り切れなさを覚えたことはなかったのだろうか、その鋼の心に何かしら感じたことはなかったのだろうかと疑問がカミュの中で沸き起こった。
「君はそれでも黄金聖闘士かね?それが君に与えられた勅であろうが」
「それは重々承知している!」
「ならばアイオリア、最後まで果たすのが君の役目。任を果たさずに責を問われるのは私ではなく君であろう。それでも君は良いというが、与えられし勅命をまっとうせずして黄金聖闘士を語るなど許されまい」
「……」
ようやく口を開いたシャカの言葉は辛辣なものだった。火に油を注ぎかねないと懸念するが、アイオリアは意外にも冷静だった。いや冷静というよりは落胆…憐憫にも似た眼差しをシャカに向けていた。
「それが聖闘士の…黄金聖闘士である資格だとすれば、シャカ。おまえは真実、聖闘士の鑑だよ…でも、俺は俺の心の信念まで曲げることはできない。教皇の勅命だけがすべての正義だとは思えない。俺は俺の小宇宙がーーーこの拳が、感じ取った正義を信じたい。この拳を通して伝わってくる心の痛みを俺は…誤魔化すことなど、無視することなどできない。それが教皇や聖域に反することだとしても。たとえ誰一人、俺を理解するものがいないとしても。俺は俺の拳が感じた真実が俺に拳を止めることを命じるのならば、それに従う。もしもそれで黄金聖闘士としての資格がないというのならば、聖衣を剥奪されたとしても構わない」
頑として己の信条を告げるアイオリア。ただの情け深いだけの甘い男だとカミュは思っていた。甘さゆえに情けをかけるのだと。けれどもそれは間違いであり、認識を改める必要があるなとカミュは思った。
考えてみればすぐわかりそうなものである。アイオリアは謀反人とされるアイオロスの実弟として今もなお複雑で微妙な立場であり、身をもって痛みを知っているのだろう。それゆえの優しさ、情け深さ。そして恐らく今まで与えられた過酷な勅命によって皮肉にもアイオリアはその芯の強さを増していったのだろうと推測した。
「その地位を剥奪されても君は君のままであったように聖衣を剥奪されたとしても君のままであろう…だが」
一瞬、シャカの周囲に青白い燐気が立ち上ったような気がした。シャカの怒り。なぜ?と思わずにはいられなかった。確かにある意味、危険な思想ではあるとは思う。だが、それよりはむしろ確固たる信念を持ったアイオリアの成長を喜んでやればいいのにと。
「ふたたび失態を演じればその程度で済むと思うのかね?だとすれば君は……甘すぎる」
「話にならない…か。シャカ、もう、俺に関わるな。おまえとは相容れないのだろうから。俺の見張り役を教皇に命じられたとしても、おまえなら断ることができるだろう?わざわざ引き受ける必要なんてない……」
「君の失態をただ黙って見過ごし、むしろ喜んでその失態を報告するだけの輩のほうがよほどいいということかね?」
「信念を貫けるなら、そのほうがいい」
アイオリアはシャカを掴んでいた手を離すと、ひどく疲弊した笑みを浮かべていた。
「おまえなら、どうなんだ?己の信念を貫くことを許されず、意に沿わない形で曲げなければらないとしたら…それは自殺行為に等しいと思わないか?そしてそれを強いるおまえ。俺はーーーおまえに殺されたに等しい」
作品名:Love of eternity 作家名:千珠