Love of eternity
4.
「―――ここで何をしているのかね」
「!?」
不意にかけられた声に驚いて飛び上がった。心臓が口から飛び出てくるようなほどの動悸に襲われ、目を瞠った。シャカがなぜこんなところに?突然の出現にかなり動揺した。
「お…おまえこそ、いきなり…な…何だよ!?」
「本来無人の場で人の気配がしたのでな。見回りついでに立ち寄ったまでだ」
心を落ち着かせながら、怪訝にシャカを見る。シャカは何かを探るように閉じた瞳のまま周囲を見渡していた。
「黄金聖闘士のおまえが見回り……そんなこと命じるはずないだろう、教皇が」
言及すると案の定シャカは沈黙した。完全武装したシャカがこの場所にいるということの察しは大方ついていた。いまだ監視の対象なのかと思うと情けない。
「俺が聖域を逃げ出すとでも思っているのだろうか…あの方は。むしろ、そのほうが教皇にとって厄介払いができて都合がいいかもしれないな。おまえもそう思っているんだろ」
「愚かな事を……」
眉を僅かに顰め、声を低めるシャカ。静かに怒気を孕んでいた。
「そうだな…愚かだよ、俺は」
ふぅと一息ついてシャカを眺める。もう何年も会っていないような気がした。そう思わせる原因はシャカがひどくやつれて見えたことにあるのかもしれない。
「シャカ、おまえ…まさかとは思うが…ひとりで勅をこなしているのか」
「当然だ。他人の手を借りての修行など有り得ぬ」
「そうか……」
ふたりの間をさわりと風が吹きぬけていく。柔らかな光でさえも凍えるような冷気。それは見えない壁となって隔てているような気がした。
それきり会話は打ち切られ、気まずい空気から抜け出したいと思いつつ、どこか遠くを見つめたままのシャカの白い横顔を見遣った。
その白い頬に赤い傷痕が一筋あった。
それを認識したと同時に俺は不可解な行動を取っていた。まるで吸い寄せられたように俺の指先はシャカの頬の傷に触れていたのだ。冷気に晒された頬は俺の指よりも冷たい……一瞬の間を置いて、自分の行動に気付き、弾かれたように指先をシャカの頬から離す。
「―――!すまない、つい……気になって」
自分の行動を理解できず、動揺するばかりでしどろもどろになる。我ながら恥ずかしさで悶死しそうな勢いだった。当のシャカは何処吹く風の如し、涼しい顔のまま先刻俺が触れた傷を自分でなぞっていた。
「いや…この傷か。おまえが気にするものでもなかろうに……」
「おまえがそんな傷を負うなんて。厳しい戦いだったのか」
気取られないよう誤魔化しの言葉を繋ぐ。下手に沈黙などしてしまったら…それこそ、身の置き所がない。
「どれだけ厳しくとも…守らなければならぬものがある。君も信念を守るためならばどれほどの苦痛を味わおうとも戦い続けてきたのであろう」
横顔を向けていたシャカはようやく向き直り、俺を見据えた。
「たしかにそうだが……」
それでも己が貫こうとする信念をも砕きかねないほどのシャカの強さを目の当たりにして、へこたれそうになったり、揺らぐことがあった。シャカが閉じた瞳でまじまじと観察しているようで気恥ずかしさから今度は俺が視線を逸らす羽目になる。フッと軽く笑ったシャカは歩みを進めた。
「そろそろ私は戻る。君もこのようなところでほっつき歩いてないで棲家へ戻りたまえ。それから――アイオリア」
「なんだ?」
言い澱むシャカの口元が小さく動いた。声は聞こえなかったがはっきりとその言葉は届いた。
―――すまない
何についての謝罪の言葉なのかわからず、呆然とする。そして、戸惑っている隙にシャカは音もなく俺の前から消えた。
―――すまない
突然現われたことに対してなのだろうか。いや、もっと深い意味があるような気がする。
勅命の一切をシャカが引き受けると言ったことについてなのかもしれない。それとも、赦しを乞う者の命を絶ったことについてのことなのだろうか?それとも、もっと別のことなのか。
―――すまない
こだまするシャカの声ならぬ声。己が正義に徹する姿勢だけを見てきた。シャカは良心の呵責に苛まれることなどなく、そも彼にとっての良心は俺とはまったく異質なものなのだろうと思っていたのだが。
「違う…のだろうか」
もう少し、理解し合おうと努力をするべきだったのかもしれない。
俺には面と向き合う勇気が足りなかったのかもしれない。シャカの強さを恐れて。
そして勝手に嫉妬し劣等感さえも抱いた、ただの臆病者だったのではないのだろうか。過酷な現実から逃れようと、理想だけを振りかざし、手を汚すことを嫌っただけではなかったのか。そんな俺をシャカが役に立たないと切ったのは当然のことかもしれない。それでも、やはり譲れぬものもある。俺を支える信念として必要だから。たとえ、ちっぽけなプライドだったとしても。
「もっと……強くなりたい」
揺るがぬ信念を糧に強くなろうと心誓う。
そしていつか、シャカと解り合える日がくることを願った。
Fin.
作品名:Love of eternity 作家名:千珠