【Livly】誰も知らない物語
その晩も、ルチルは島を出ようとこっそり起き上がった。
ジョロウグモは、低い声で尋ねた。
「お前はどこへいっているんだ」
ルチルはとても驚いたように勢いよく振り返った。
「な、なんだ、おきてたのっ?」
そして、驚いた自分に照れて笑う。
特にやましいことをしてるわけではないようだ。
「ごめんね、起こさないでいこうと思ったんだけど」
「・・・どこへ?」
まさか、自分の存在を密告しているのか、と一瞬ジョロウグモの脳裏にそんな考えがよぎる。
しかし、こいつならないな、とすぐにかき消す。
気づいてないうちに、ジョロウグモもずいぶん油断しているようだった。
「んとね、チームの集会があるの!ぼくたちリヴリーはね、チームをつくるの!みんなで行動するの!」
ルチルはたどたどしく説明した。
集団で行動をし、リヴリー界を治めているとても偉いチームに自分は所属している、と言った。
ジョロウグモはその話を内心鼻で笑った。
まさか、こんな小さな奴が?
小さなリヴリーが集まって何が変わるというのだ?
ひとりじゃ、何も出来ないくせに。
「じゃあお前は何故、いつも傷を負っているのだ」
「え、こ、これはね・・・」
言えなかった。
自分が、まさかそのチームのメンバーに虐げられているなんて。
けれどジョロウグモの無数の目は、自分を逃がさないように見ている。
「と、とにかく、ボクは行かなくちゃいけないんだよぉっ、みんながぼくを待っているから!」
ジョロウグモはまだ見つめていた。
嘘だということにはとっくに見抜いているが、果たしてどこからが嘘なのかがわからない。
「もしかして、キミ、寂しいの?」
「は?」
ずっと見つめているジョロウグモに、ルチルは見当はずれなことを言った。
そして勝手に納得する。全く、愚かである。
「あはは、もー!心配しなくていいよお」
ジョロウグモはもう返す言葉も見つからない。
ルチルは楽しそうに笑った。
「寂しがりなんだねぇ、えっと、・・・」
そこで言葉が止まった。
今度は何を言い出すのかと、ジョロウグモも耳を傾けてやる。
ルチルはそっと、秘密の合言葉を唱えるかのように、静かに、ささやいた。
「サファイア」
それは、ルチルからジョロウグモに名づけた名前だった。
「ぼく、キミのことサファイアって呼ぶね。」
サファイア、とは、人間の世界に存在する青い宝石のことだった。
もちろん飼い主のいないルチルが、どうしてそんなことを知っているのか自分にもわからない。
自分の名前がルチルであるように。
彼の体の中の奥深くに、その記憶が眠っていた。
ジョロウグモは肯定もしなかったが、反対もしなかった。
別にこんな小さいリヴリーに自分がどう呼ばれようがかまわない。
名前なんて持っていなかったのだから。
「じゃあぼくいってくるね、ちゃんと待っててね、サファイア!」
サファイアはそっぽを向いた。しかし横目で、暗闇でよく目立つ黄色い後姿をずっと見ていた。
自分が思っているよりずっと、あのピグミーに毒を抜かれていた。
作品名:【Livly】誰も知らない物語 作家名:夕暮本舗