願い事はひとつ。〈雪降る街で、そっと優しく・・・UP!〉
そして、青年は一瞬まじめな顔になり、少し眼を開いて少女をしばらく見た。
「なによ・・・」
「では、これはまさかと思いますけど・・・」
「永遠の命をご所望でしょうか?リナ姫。」
そうして、青年は静かに少女に近づき、その鮮やかな栗色の髪の毛を一房手に取ると、そこにキスを落とした。
少女は、はっとして顔を上げる。
そこには、昔に時々垣間見た、青年の真剣な眼差しがあった。
その眼差しは、今は自分を見抜いている。
魔族の青年の気持ちは当の昔に気がついていたが、少女は申し訳なさそうに、長い睫を伏せたのだった。
「ううん。ゼロス。
それだけは、ごめんなさい。」
少女は困った表情で笑顔を向けた。
「リナさん・・・。」
「ゼロス、それだけはあたしには絶対に必要ないものなのよ・・・。」
魔族の青年は、張り付いた笑顔の中に少しだけ眉をひそめると、
「どうしてです?本当はこの望みが人間の中で唯一金色の魔王様をその身に宿せるあなたにこそ、相応しいものだと僕は思うのです。
そして、個人的にも選んで欲しいと思うのですが・・・」
そう、答えた。
少女はその答えに小さく笑う。
「2年ぶりに、音沙汰がなくて、突然愛の告白なの?ゼロス。」
「いいえ、リナさん・・・僕はただ・・・」
「そうよね。
あんたに、愛だのなんだのはわからないでしょうね・・・。」
「リナさん、残念ながら僕は・・・」
少女のその言葉に青年は言葉を詰まらせた。
「あんたにはわからないでしょう?
例えば、街を歩いていると、香ってくる美味しそうな料理のにおい。
恋人に腕を絡ませ、楽しそうにしている女の子の足取り。
小さい子供がお母さんに甘えてるのを優しげな眼で見ているおじいさん。
街を走り抜けていく子供たち。
本当に日常で起こりうる些細な出来事。
どれもこれもあんたにとっては気にもとめない出来事ね。
でも、あたしはまだ感じていたいのよ・・・。
せっかくの申し出だけど、ごめんなさい。ゼロス。」
「いいんです。
わかりました。僕はあなたの意見を尊重します。」
黙って聞いていた魔族の青年は、ゆっくりと答えた。
「どうやら僕には、やはり人間の欲しいものなんてわかりっこないようです。
特に、好奇心旺盛すぎる多感な少女の望みなんてものはね。
いえ、魔族だけではなく、世の男性すべてでしょうね。きっと。」
そして、寂しそうに薄く微笑んだ。
その姿を見て、少女も辛くなった。
でも、自分が選んだ道だからと思った。
もう一度だけ、青年に(ごめんね。ゼロス。)と、心の中でつぶやいた。
「さあ、リナさん。
そろそろ答えを教えてくれてもいいでしょう。」
その声に促されるように、少女は明るく微笑んだ。
そして、こくんと頷き、答えた。
「あたしの欲しいものは、
自分が慣れ親しんだベッドで一生を終えることよ。」
その意外な答えに、青年は少女に目を見張った。
「ええ!?それがリナさんの答えなんですか!?」
意標を突かれたようになった。
もし、これだけが望みであったのなら、なんとこの少女の欲の少ないことだろう。
いつもの勢いのある少女からは考えられない。
「ええ。そうよ。
病院の冷たいベッドの上で息絶えるわけでもなく。
ましてや、誰かに殺されるなんてナンセンス。特に、あんたには要注意ね!」
そう言った少女に。
魔族の青年は乾いた笑いを放った。
(まだ、僕に殺されるかもしれないなんて思ってるんでしょうか?)と。
でも、少女はどうやらそうではないようだ。
ただのその言葉はただの嫌味だった。
「だって、自分のベッドで最後を迎えられるって、実はそうそう叶うもんではないと思うのよ。
いろいろな人生の選択肢の結果、そうなるわけなんだから、時間のかかる随分と手の込んだシナリオが必要よ!」
「なるほど。」
徐々に魔族の青年は少女の言わんとしていることがわかってきた。
「こういうシナリオは一般的ね。」
少女の頃から、とびっきり素敵な恋をして。
その愛する人と結婚。
二人の子供を持つ。
そうして、家族が出来ていく。
しばらくして子供も大きくなり、その子供たちにも家族ができ、孫が生まれる。
家族は拡大。
晩年になり、その家族に囲まれ、病気をしても、家族に囲まれ安らかに自分の慣れ親しんだベッドで終末期を迎えることだそうだ。
「どう!素敵じゃない?」
「・・・そうですね。
つまり、あなたの欲しいものとは、色々な望みがあった上で叶うものなわけですね。
リナさん。あなたは随分欲張りな人のようだ。」
「そうよ。
忘れたの?
あたしはリナ=インバースよ?」
そう言って、少女はふふっと笑った。
「しかし、あなたのような根無し草のように旅を続けている方には、非常に難しい望みですね。
それを僕に叶えてもらおうと?」
「そうね。わかってる。」
「でも、ゼロス。
さっき、魔族に二言はないと言ったじゃない?」
「ええ。言いました。
しかし、あなたの欲しいものは眼に見えるものではなかったんですね。」
(さすが、人間。どこまででも強欲な存在です。)と、青年は思った。
「ゼロス。
あたし、今願うわ。
あたしの欲しいものは・・・」
ゴクリ。
青年にはないつばを飲み込んだ。
リナの眼は青年をまっすぐに見ていた。
作品名:願い事はひとつ。〈雪降る街で、そっと優しく・・・UP!〉 作家名:ワルス虎