近距離恋愛
『明日からは』 著:樹
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「アーサーさん、もう酔われました…?」
ちょうど俺が三本目の缶ビールに手を伸ばしたときだった。
テーブルの上には揚げ物などのつまみが数皿並んでおり、その皿を囲むようにまだ手のつけられていない缶ビールが俺の前に二本、菊の前に三本。そしてテーブルの両脇には空の缶が俺の傍に三本、菊の傍に二本あった。現在俺はリビングのソファーで四本目のプルタブに指をかけていて、その横で三本目をちびちびと舐めている菊はもう既に顔が赤く熱を持っているようだった。そんな菊の潤みの増した瞳が俺の顔を斜め下から、つまり上目遣いで聞いてきたのだ。普段よりも少し高めのトーンの声が、鼓膜を震わせ聴覚を刺激してきたが、それよりも先に視覚の刺激が強すぎて何かが破裂しそうな勢いだ。いや、破裂したらアウトだろうから根性で耐えなければならないが。
この菊というのは、俺の現在のルームメイトにして友人。
そして俺の長年の片想いの相手だったりする。
彼、本田菊は俺の高校時代のクラスメイトで、褐色の割には外に出ることが少ないためか、周りの日本人よりも少々色白な肌を持ち、その肌の上にさらりとした短めの黒髪を揺らす、小柄な青年だった。線の細い外見のわりには短距離走が早かったり、バスケのパスカットが上手かったりと運動も苦手ではないようだが、いつも休み時間には窓際の自分の席で本を読んでいた。
そんな菊と初めて話す切欠になったのは一冊の本だった。
当時の俺は――まあ、今も好きだが――俺の父の母国でもあるイギリスのファンタジー小説を好んでいて、原書を読むのも好きだったが日本語に翻訳されたものもまたおもしろく、図書室の空想小説の棚の本は俺の私物と呼べそうなくらいに読みこんでいた。それでも好きな作者の新しい本が出れば、購入希望用紙に書いて図書委員にこっそりと申請し、新しい本が入ればすぐに借りて、勉強や生徒会の仕事の疲れを癒すために本の世界に浸るのが俺の楽しみだった。