エンジェル参戦
これまで、シュラの人生は戦いの連続で、何度も命の危険を感じたことがある。
もちろん大きな傷を負ったこともある。
しかし、だからと言って死を恐れないわけではない。
それに、死にさえしなければいいというわけでもない。
死の危険や大きな痛みを負う可能性のあることに立ち向かっていくことと、恐れないことは別物だ。
実際、さっき、恐れを感じた。
アーサーにはシュラを殺す気はなかった。
だから自分は死なないだろう。そう、わかっていても、平気ではいられなかった。
強い力で押さえつけられ、圧倒的な力の差を見せつけられ、犯されるかもしれないと思い、恐れを感じた。
これまでの戦いの中で、自分はさんざん傷つけられ、また相手を傷つけても、きた。
自分は清らかではありえない。
道徳的な人間ではないとも思う。
それでも、やっぱり、犯されるのは嫌だ。
正直なところ、恐かった。
恐かったのだ。
シュラはうつむいた。
自分の弱さを感じて、どうしても気が沈む。
ふと、雪男の声がした。
「もう少し早くあなたを探せば良かった。来るのが遅くなって、すみません」
穏やかだが本当に申し訳なく思っているのが伝わってくる声だった。
シュラは驚いた。
思わず、顔をあげる。
「遅くなんかなかっただろ」
だいたい、遅い遅くない以前に、シュラがパーティー会場になかなかもどってこないのを気にして探してくれたこと自体がありがたいことのように感じる。
「充分、間に合った」
シュラは雪男の眼を真っ直ぐに見て、告げる。
「助かった。ありがとう」
口にしたのは素直な感想だった。
雪男は眼をそらさずにいる。真剣な表情でシュラを見ている。
その身体が動いた。
近づいてくる。
ふたりの間にある空気が変わった気がした。
肌に触れている気温がふわりと上昇したように感じる。
距離はもうない。
唇が重ねられる。
アーサーがしてきたのとは違う。
優しいキス。
だから、ほっとする。
キスのあと、シュラは雪男の胸にもたれかかった。背中に雪男の手がまわされたのを感じる。
本気で好きになってしまったかもしれない。
そうシュラは雪男に身体を預けつつ思った。
恋人としてつき合うことになったのは、雪男が告白してきたからだった。
だが、告白された直後は、冗談だろうと思った。
それから冗談ではなく本気だと知って、しかし、つき合う気にはならなかった。
シュラは雪男をそういう対象として見たことがなかった。
それでも結局つき合うことにしたのは、振り切ることができなかったからだ。
試しにつき合ってみても悪くないだろう。そう判断した。
それに、つき合って、時間がたてば、雪男の熱がさめるかもしれないと思った。
けれども、つき合って数ヶ月ということももちろんあるだろうが、自分たちはうまくいっている。
つき合っていて、雪男に大切に想われているのが、わかる。
それを心地良く感じる。
好きになってしまった、かも。
困ったな、とシュラは思った。
だが、困る必要はないかもしれない。
雪男は決して裏切らないだろうから。