エンジェル参戦
直後、雪男は自分のうしろにアーサーがいるのに気づいたらしく振り返り、瞬時に床を蹴って、飛び退った。
その様子をアーサーは悠然と眺めている。
雪男の反射神経は良いが、アーサーに捕まらなかったのはアーサーに捕まえる気がなかったからだろう。雪男の背後に立った時点で、アーサーは雪男を捕らえることができたに違いない。もちろん、攻撃もできたはずだ。
もし、アーサーに雪男を捕らえて攻撃する気があったなら。
シュラは想像し、ゾッとする。
雪男は拳銃を構え、その銃口をアーサーに向けたまま、歩く。
シュラのほうに近づいてくる。
だが、シュラの隣には来なかった。
シュラの眼のまえに、雪男の広い背中があった。
雪男はアーサーからシュラを守るように立っている。
アーサーは雪男に向けている眼を細めた。
そして、その口を開く。
「今回は退くとしよう」
こだわらない様子で、アーサーは身体の向きを部屋の出入り口のほうへと変えた。
しかし、顔だけ、シュラと雪男のいるほうに向ける。
「このオレにケンカを売ってきた勇気に免じてだ」
アーサーの顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「ビビリ君」
そう雪男に言うと、アーサーは顔も部屋の出入り口のほうに向けて歩きだす。
シュラはカッとなった。
足を踏みだす。雪男よりもまえに出る。
右手を右足のほうにやり、履いているハイヒールを脱いで、振りあげた。
ハイヒールをアーサーに投げつけようとした。
けれども、その手首をつかまれる。
つかんでいるのは、背後にいる雪男だ。
「放せよ!」
「放しません」
「おまえをビビリと呼んでいいのはアタシだけなんだよ!」
「いえ、僕は、だれにも、そう呼んでいいとゆるした覚えはありません」
シュラと雪男がそんなやりとりをしているうちに、アーサーは部屋から出ていった。
部屋に雪男とふたりきりになり、シュラの身体から力が少し抜ける。
もうハイヒールを投げつける相手は部屋にいない。
雪男がシュラの手を放した。
だから、シュラはあげていた手をおろした。
「まったく、まったく、あのクソバカハゲ、一体なにを考えてるんだ!」
アーサーに対する怒りはまだ収まっていなくて、シュラはハイヒールを履きながら文句を言った。
履き終わって少しかがめていた身体を元にもどすと、正面に雪男が立っていた。
雪男は言う。
「シュラさんは他人の心配ばかりしていて自分の心配をしないから、心配なんです」
「なにワケわからんこと言ってんだ」
「……シュラさん」
じっと雪男はシュラを見ている。
「あなたは、以前、僕に正直なところを聞かせろと言った。今度は、逆に、あなたの正直なところを聞かせてください」
「ああ?」
「年齢差とか僕の歳とか、全部、取り払って、今のあなたの正直な気持ちを聞かせてください」
その雪男の言葉は、不思議なぐらい素直にシュラの胸の中に落ちた。
ふっとなにかがゆるんだのを感じる。
いつのまにか、シュラの口は動いていた。
「アタシだって、なにをされても平気ってわけじゃないんだ……!」