エンジェル参戦
「雪男、おまえ、なに愉快な勘違いをしてるんだ?」
「別に愉快じゃないと思いますし、勘違いじゃないかもしれませんよ」
「ない、ない、あるわけない」
シュラは笑って、缶ビールを持っていないほうの手をひらひらと振った。
「ヤツが立派な家で育てられた血統書付きの高級猫だとしたら、アタシは荒野を生き抜いてきた野良猫だ。ヤツはアタシのことを自分と釣り合う相手だとは思ってねーだろ、きっと」
「……じゃあ、もし、釣り合うとかそういったことを抜きにして、シュラさんのことが好きだとしたら、どうしますか?」
雪男はシュラをじっと見て、問いかけてきた。
やけにこだわるなぁと思いつつ、シュラは軽い調子で答える。
「アタシにも好みってものがある」
「でも、シュラさんは、以前、言ってましたよね。好みのタイプは強くて冷徹な男だって。それ、あのひとに当てはまりませんか」
言われてみれば、たしかにそのとおりだと感じる。
アーサーは強い。
去年の夏、アーサーがその剣を燐の喉元に突きつけたとき、シュラは燐を助けるためにアーサーに剣を向けた。
しかし、あっさりとかわされた上、シュラはアーサーに背後を取られた。剣を持つ手はしっかりとつかまれ、喉元に剣を突きつけられてしまった。
相手が敵ではないどころか直属の上司であるので全力を出したわけではなかったものの、実力差を感じた。
そして、あのあと、オペラ座法廷でアーサーが燐にしたことに対し、メフィスト・フェレスは『あいかわらず聖人面して鬼ですね』と言ったのだった。
冷徹なところもあると思う。
「だが、ヤツはアタシの好みじゃない」
だいたい、好みのタイプについては、昔、好きだった相手の特徴を言っただけだ。
それは、つまり、雪男と燐の後見人だった藤本獅郎のことなのだが。
その獅郎は巨乳好きだと公言していたが、シュラがそれに該当するようになっても、獅郎はシュラを女として見ることはなかった。
「それに、好みなんて変わるもんだろ」
「じゃあ、今のシュラさんの好みのタイプは?」
そう雪男に聞かれて、シュラはにやっと笑った。
「アタシのために酒のツマミを買ってきてくれる男、かな」
「つまり、パシリが好みのタイプってことですか」
雪男は嬉しくなさそうな表情をしている。
それがおかしくて、シュラはいっそう笑う。
ふと、雪男が距離を詰めてきた。
だから、シュラは持っていた缶ビールをテーブルに置いた。
「……シュラさん、僕はあなたが好きだ」
すぐそばで告げられた。
キスをする。
ビールを飲んだわけでもないのに気分が高揚してきた。