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エンジェル参戦

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正十字学園の最上部にあるヨハン・ファウスト邸。
ヨハン・ファウスト五世、それは正十字学園の理事長であるメフィスト・フェレスの表向きの名である。
そのメフィストとアーサーは向かい合っていた。
メフィストは優美な装飾のほどこされたデスクの向こうのイスに座り、アーサーは円形のローテーブルの近くにある一人がけのソファに座っている。
「今夜は、あなたの聖騎士就任を盛大に祝わせていただきますよ」
「ありがとう」
アーサーは朗らかに笑った。
けれども、その笑顔がわずかに陰る。
「しかし、今さらという気もするが」
「今さらでもいいではありませんか。お祝いはしなければなりません。皆、嬉しい、楽しいものですからね」
陽気に、歌うように、メフィストは言った。
アーサーは顔に笑みを浮かべたまま、だが、探るようにメフィストを見る。
その不穏な視線にメフィストは気づいたようだ。
「どうやら私はあなたに信用されていないらしいですね」
「ああ」
「あっさり認めるんですね。信用していないのは、私が悪魔だからですか?」
「……オペラ座法廷で三賢者が言ったことと、オレの見解は同じだ。いにしえから騎士團が悪魔より知恵を学び、その対抗策を得てきたのも、また事実」
深みのある声でアーサーは告げる。
「それに、悪魔から知恵を受けてきたのは騎士團に限らないだろう。悪魔が人間に害を与えるだけの存在だとは言いきれない」
「あなたがそのような見解をお持ちとは意外です」
「オレは魔剣使いだぞ?」
アーサーは強い眼差しをメフィストに向けた。
「オレは、案外、魔に近い」
「あなたが魔剣を扱えるのは、あなたが強いからですよ。魔に取り込まれない強靱な精神があるからこそでしょう」
そのメフィストの台詞はお世辞ではないだろう。
魔剣を扱うというのは、並大抵のことではないのだ。
「だが、そうだとしても、結局、オレは魔の力を借りている。では、だからといって、悪魔を信用できるのかと言えば、否、だ。人間に多大な害を与える悪魔もいるからな」
「たしかに」
「サタンはこの物質界をほしがっているそうだな?」
そうアーサーは問いかけたが、メフィストは微笑んだまま軽く肩をすくめただけで答えなかった。
だから、アーサーはふたたび口を開く。
「しかし、サタンにこの世界をくれてやるわけにはいかない。阻止するためにオレたちは戦う。だが、同時に魔の力を借りもする。相手を信用するかどうかの判断は難しい」
「そして私はあなたの中では信用されないほうに入っているんですね」
「オレの中では、おまえは白でも黒でもなくグレーだ。だから、とりあえず戦わないが、信用もしない」
「なるほど」
「……そういえば、あのとき、おまえはオレのことを聖人面して鬼だと言ったな」
オペラ座法廷で奥村燐を蹴り飛ばして跪かせ、さらにその足を魔剣で斬ったときのことだ。
燐が悲鳴をあげるのを聞いて、シュラは眼を見張り、アーサーに非難めいたことを言った。
それを思い出したが、それについては今は胸の奥底に沈めておく。
「オレは他人に鬼だと言われてもかまわない。言い訳ではなく、心を捨ててしまわなければ断ち切れないものもあると思っている」
すべての者を信用して、それで、うまく行くならいい。
しかし、そうはならない。
だから。
などと言えば、やはり言い訳くさくなる。
結局、自分は強くなりたいだけなのだ。
言い訳はしたくない。
けれども。
ふと、思い出す。
まだシュラがヴァチカン本部にいたときのこと。
シュラがイラだっている様子だったので、どうしたのかアーサーは聞いた。
すると、シュラは藤本獅郎から後見している子供に魔剣を教えてやってほしいと頼まれたと答えた。
さらに『冗談じゃない、あのクソ! ハゲ!!』と獅郎のことを罵っていた。
その様子がおかしくて、アーサーは笑ってしまった。
あのとき、シュラがイラだっていても、気にせず、放っておくこともできた。
だが、自分はイラだちの理由をシュラに聞いた。
そして、シュラは答えなくてもいいのに、答えた。
アーサーが自分と同じ魔剣使いであるから理解されやすいと思ったのかもしれない。
取るに足らないような思い出だ。
しかし、思い出すと、胸が少し温まる。
清らかに生きていこうとは思っていない。優しく生きていこうとも思っていない。
だが。
それでも。
時折、心が欲しがる。
温かな存在。
「……エンジェル、あなたは結構不器用なんですね」
「くだらないことを言う。オレは不器用ではない、最強だ」
アーサーは余裕たっぷりに笑って見せた。

「どうだ?」
そうシュラは胸を張って雪男に聞いた。
「どうって、なにがですか?」
「着てるもんが似合ってるかどうか聞いてるんだ」
「ああ、似合ってますよ。その赤色が、たいへん似合ってます」
「なんか褒められてる気がしねーな」
シュラは不満な表情になる。
着ているのは赤いドレスである。そのうえ、露出度の高いものだ。露出度の高さについては本人の好み以外に、いざというとき魔剣を取り出しやすいようにするためもある。
これから、ヨハン・ファウスト邸で開かれる祝賀会に出席する。
直属の上司からの命令どおり、盛装した。
ただし、エスコートは断った。エスコート役は他にいるから、と。
もちろん、その役目は雪男に押しつけたのだった。
作品名:エンジェル参戦 作家名:hujio