エンジェル参戦
シュラは困惑した。
けれども。
今、自分はマズい状況にある。戸惑っている場合ではない。
「本気なら、悪いが」
シュラは自分に向けられる強い眼差しを受け止め、同じぐらいの強さで見返して、自分の意志を伝える。
「おまえの気持ちには応えられない」
この返事に迷いはなかった。自分の中には、これ以外の回答はないのだから。
だが、アーサーは表情を揺らさなかった。その手の力は強いままである。捕らえているシュラを解放するつもりはないようだ。
「奥村雪男がいるからか」
雪男の名前を出されて、シュラは胸に小石を投げつけられたような衝撃を感じた。
アーサーはシュラが雪男と親密な関係にあることを知っているらしい。
もっとも、雪男とのことについては大っぴらにはしていないものの隠す気があまり無いので、まわりに気づいている者もいるだろう。アーサーがシュラ以外にも日本支部に密偵を送りこんでいるのはアーサー本人も認めたことだ。その密偵がアーサーに報告したのかもしれない。
それに、今日、シュラはエスコート役として雪男をつれてきたのだ。知っていても不思議ではない。
だから。
「ああ、そうだ」
きっぱりとシュラは告げた。
アーサーの眉がわずかに寄せられた。不愉快そうな表情になる。
「なぜ、あんな子供とつき合う」
「そんなことまで、おまえに答える気はねーよ」
「藤本が後見していた子供だからか。おまえが想いを寄せていた相手が面倒を見ていた子供だからか」
「獅郎は関係ない……!」
かみつくようにシュラは言った。
くそっ、と胸の中で吐き捨てる。
アーサーはシュラと雪男の関係だけではなく、シュラの獅郎に対する想いまで、正確に知っている。
しかし、これについても、知られていても不思議ではなかったのだ。
シュラがヴァチカン本部にいたころ、アーサーには何気なくいろいろなことを喋った。
魔剣使いという特殊な境遇にある者同士だという、同情のような気持ちがあったからかもしれない。
それに、アーサーはシュラが獅郎に救い出されるまで、どんなふうに生きていたのかを知っているらしかった。
シュラにとっては闇のような過去である。
できれば、だれにも話したくはない。
それを知られてしまっているからこそ、逆に、気安かったのかもしれない。
他の者には話さないようなことも、つい、アーサーには喋ってしまっていた。
そのシュラが喋ったことから、アーサーはシュラの獅郎への想いに気づいたのだろう。
これまで、気づいていても気づいていないふりをしていただけで。
「シュラ、オレには関係がないようには思えない」
「ないと言ったら、ない」
「だとしたら、理由がわからない。あの歳で中一級祓魔師であるという、その強さは、ある程度、認める。だが、幼いころは臆病者として知られていたそうじゃないか。おまえだって、ビビリだと呼んでいたんだろう?」
雪男についても、よく調べたらしい。
燐のようには炎を受け継がなかったが雪男はサタンの落胤であるので当然かもしれないが、アーサーの言った内容に、シュラは腹が立った。
「あのなあ、そのビビリがあれだけ強くなったのは、大変なことなんだよ。ビビリじゃないヤツとはスタートラインが違うだろ。努力して、努力して、ひるみそうになる自分の心を立て直して、努力して、あそこまで強くなったんだ。バカにするな」
シュラは幼いころの雪男が正十字学園の祓魔塾のトレーニングルームで一生懸命練習していたのを覚えている。
拳銃が大きくて重たげに見えるほど、線の細い少年だった。
気の弱さを自覚し、その弱さに打ち克とうとするかのように、練習していた。
今の雪男も、ビビリなところが残っている。
ビビリなところが残っていて、それでも、それに負けることなく、戦っているのだ。
そんな雪男をけなすような発言は、ゆるせなかった。
「……かばうんだな」
アーサーは軽く笑った。
「やっぱり、優しいな、おまえは」
その手の力が、弱まるどころか、いっそう強くなった。押さえつけられているシュラが痛みを感じるほどに。
距離を詰めてくる。
とっさに、シュラはできる限り顔をそむけた。
アーサーがすぐそばにいる。
「おまえが欲しい」
耳元で、告げられる。
「どうしても」