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sweet and bitter

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対面キッチンの向かいに置かれた一人暮らしには不向きな、でも広いリビングダイニングにはちょうどいい大きさの四人掛け用のダイニングテーブルに緑川は誘われた。
ヒロトはダイニングから手動のコーヒーミルを運び、コーヒー豆をそれに入れた。ヒロトの手がコーヒーミルのハンドルを回すと、コーヒーミルはガリガリとかたい音を立て始める。
ガリガリガリガリ。心地よい音が静かな部屋に響き渡る。ヒロトは先までの子どものように輝いた瞳ではなく、とても静かにコーヒーミルを見ていた。緑川はそれがとても神聖な儀式のように見えて、黙ってそれを見守った。否、コーヒーミルが奏でる音と、ハンドルを握るヒロトの節だった指に見惚れてしまって何も口にできなかった。
(なんか、様になってるって言うか)
(かっこいいなぁ)
この光景をずっと眺めていたいような、そんなちいさな希望が緑川の胸に生まれた頃、コーヒーミルの音は静かに消えた。それに合わせたようにお湯を沸かせていたケトルがピーッと甲高い音を立てて、緑川は現実に引き戻された。
ヒロトはケトルとドリッパー、マグカップをひとつ持って戻ってくると、ポットはないのか直接カップにドリッパーを置いた。すこし高い位置から円を書くようにケトルからお湯を注ぎこむと、香ばしいコーヒーの香りがふんわりと二人の周りを包んだ。
「砂糖は一杯でいいかな?」
「うん」
本当はいつも砂糖を二杯にミルクを一杯コーヒーに入れる緑川だったが、思わず見栄を張ってしまった。ヒロトは砂糖を一杯、さらさらとマグカップに入れるとティースプーンでゆっくりかき混ぜた。
「はい、どうぞ」
白い無地のマグカップが緑川の前に差し出される。
「ヒロトのは?」
「カップがひとつしかないからさ。どうぞ、お客様。味にはちょっと自信があるんだけど」
ヒロトは緑川の向かいの椅子に腰掛けて、緑川の感想を待った。緑川は、いただきますと一言声をかけてからコーヒーに息を吹きかけて、一口口にふくんだ。先ほど香ったコーヒーの香りが口のなかいっぱいに広がる。
「おいしい」
思わず、その一言が口から飛びだした。いつもは苦いと思ってとことん甘くするコーヒーが、こんなにも美味しいものだとは思わなかった。
「いつでも来たら、ごちそうするよ」
次々にコーヒーを口にする緑川に、ヒロトはとても満足したように眼鏡の向こうで微笑んだ。
(だから、そういうことは女の子に言えって……)
最後の一口を名残惜しそうに飲み干した緑川は、マグカップをそっとテーブルに置いた。
「本当においしかった。いままで飲んだどのコーヒーよりもおいしい。ごちそうさま」
「どういたしまして」
「やっぱりそのコーヒミルが特別なのかな? それとも、豆にこだわってるから?」
緑川の言葉に、ヒロトはすこしだけ考えて答えた。
「んー、それもあるだろうけど、やっぱり一番なのは『その人のために煎れる』ってことじゃないかな。俺の持論だけど、料理でも、緑川みたいにお菓子づくりでも、誰かのために作ったものってのは特別なんだよ」
ヒロトの持論に、緑川はひどく同意した。いつも店でお菓子を作る時、それを食べてくれる誰かの顔を思い浮かべる。その人が食べて、喜び、笑顔になってくれる様子を。
「なんかそれわかるな。俺もいつもそう考えてお菓子作りしてるし。まあ、まだ見習いだから大したことしてないけど……」
「……緑川ってさ、なんでパティシエになったの? やっぱり、そうやって誰かに自分の作ったお菓子を食べてもらって、喜んでもらいたいから?」
ヒロトの問いに、今度は緑川がすこし考えた。そして、すこし恥ずかしかったが素直に答えることにした。
「それもあるけど……。あのさ、俺お菓子大好きなんだけど、子どもの時ってあんまりたくさんお菓子食べれなかっただろ? 皆と分け合ってたりしたからさ。それで、いつも思ってた。このお菓子を皆でお腹いっぱい食べられたらどんなに幸せかなーって。そう考えて、気づいたらこの道選んでた」
「なるほど」
「子どもっぽい考えで、馬鹿馬鹿しいだろ?」
自分の選んだ道に後悔など微塵もなかった。けれども、他の人から見たら自分が選んだ将来のきっかけがひどく幼稚に思えることがあった。しかし、ヒロトはそれを否定した。
「そんなことないよ。素敵なことじゃないか。さっき一緒にお菓子作りしてて、俺も楽しかったし、できあがるのがすごく楽しみだ。緑川は人をそういう気持ちにさせる仕事をしてるんだよ」
ヒロトのまっすぐすぎる言葉に、緑川は顔の熱がわずかにあがるのがわかった。なぜか気持ちが落ち着かず、ヒロトの顔から目線をそらす。こそばゆくて、話題を無理矢理変えることにした。

作品名:sweet and bitter 作家名:マチ子