こらぼでほすと ケーキ4
値段がものすごいことになっているので、ヒルダが一応、嗜める。ニールは高級品は受け取らない、と、常々宣言しているから、これは受け取らないのではないか、と、付け足した。
「時計なら値段は判り辛いですもの。それに、ママには似合いそうでしょう? 」
とても嬉しそうに歌姫様がおっしゃるので、ヒルダも意見は引っ込めた。確かに時計というのは値段が判り辛いものだ。大した額ではない、と、言えば、それで通るかもしれない。
「今年は、当日も予定があってお祝いできないので、明日にでも渡すことにしましょう。」
さっさと時計を買い上げて、歌姫様は店を後にする。三月三日がママの誕生日だ。去年は歌を贈った。それは大層喜んでくれて、歌姫様も嬉しかった。だから、今年も笑顔で受け取ってもらおうと思っていたのだが、結果は、とんでもないことになってしまった。
当事者不在のはぴばイベントは無事に終わり、翌日の寺はのんびりとした朝を迎えていた。泊ったのは酔っ払って使い物なら無くなったシンと、その介抱をしていたレイだけで、後は、その日のうちにお帰りになった。ケーキは見事に消費されて、一欠けらも残っていない。
「もう少し食べたかったのに、残念だ。」
ティエリアは、自分のケーキを食べたのだが、その前に食事をたっぷりとお腹に入れてしまって、一口しか食べられなかったのだ。せっかく、ニールが作ってくれたのに、残りは年少組に食い尽くされた。
「タルトなら、すぐにできるから作ってやるよ、ティエリア。今日のおやつは、それでいいな? 」
「ニール、俺はプリンがいい。」
で、紫子猫ばかり構うな、と、ばかりに黒子猫が背中に張り付いてリクエストを出す。 「プリンって、市販のやつか? 」
「粉を入れてお湯を注いだらできるやつだ。あれがいい。」
「それだと、粉を買ってこないとな。悟空、おまえさん、リクエストはあるか? 」
「うーん、プリン大盛りで果物と生クリーム。」
「レイは? 」
「俺もプリンにサクランボと生クリームがいいです。」
シンは、まだ二日酔いで客間でダウンしているので、リクエストはない。そのうち復活するだろうが、しばらく時間はかかりそうだ。
「昼飯は、昨日の残り物があるから、あれでいいとして・・・とりあえず、プリンの素と果物を買い出すか。」
「メモしてくれれば、俺が行ってきますよ? ママ。」
「たまには散歩ぐらいしないと身体が鈍っちまうよ、レイ。ぶらぶらと行こうぜ。」
「俺も行くっっ。」
「俺も行く。」
子猫たちは親猫の両側から声を張り上げる。はいはい、と、親猫は笑顔で子猫たちの頭を撫でる。たまにしか逢えないので、逢えればヒッツキ虫と化すのはいつものことだ。ティエリアは今回で、しばらく親猫とも逢えなくなるだろうから、かなり強引にひっついている。それがムカつくのか、黒子猫も負けじとくっついているので、親猫は二匹の子猫を貼り付けている状態だ。だが。黒子猫はフリーダムの整備の手伝いがあるのに、くっついているから親猫は尋ねた。整備員任せにするつもりなら、拳骨しなければならない。
「刹那、おまえさん、ラボの手伝いは? 」
「明日から行く。弁当を頼む。」
「おう、了解。」
「俺もっっ。」
で、負けてない紫子猫も弁当が欲しい、と、鳴いたのだが、家にいるんだから必要ない、と、止められたら紫子猫は、ぷーっと膨れた。。
「刹那だけ特別なのは認められない。不公平だ。」
「おまえさんは、家で俺とメシ食うんだから、わざわざ弁当にする必要はないだろ? 」
「そうだ。俺がいない時間は、おまえが独占するんだ。不公平ではない。」
黒子猫がふしゃあーと威嚇するように紫子猫を睨む。本当なら、黒子猫もベタベタしていたいのにできないから、弁当をしてもらうのだ。そう言われて、ああ、そうか、と、紫子猫も気付いて、ぽんと手を打った。
「そうか、おまえが留守をしている間は、俺がニールの管理をするとしよう。せいぜい、整備の手伝いをしてこい、刹那。」
「言われなくてもやってくる。ちゃんと昼寝もさせておいてくれ。」
「当たり前だ。完璧に俺がニールの体調管理をしておく。」
二匹同時に現れると、こういう取り合いになるんだな、と、悟空はゲラゲラと笑っている。レイも顔を背けて肩を震わせている。あまりにも子供じみた独占欲だ。
「はいはい、喧嘩しない。とりあえず、買い物に行こう。」
徒歩十分のスーパーまで出向くことにする。レイや悟空も付き合うつもりで立ち上がる。親猫の両側に子猫はくっついている。山門を抜けて、通りに出ても、そのまんまだ。
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・・・・こういうの、ティエリアはしばらくないんだろうな。刹那は、また桜の季節には戻らないし・・・・・
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境内の桜が咲く四月が黒子猫の誕生日だが、これから放浪の旅に出てしまうと、次に戻るのは梅雨時分になるだろう。また、一緒に見られないな、と、それは残念に思う。ティエリアも、この休暇が終われば、しばらくは降りて来ないはずだ。組織の再始動まで秒読み段階になれば、のんびりとしていられない。全員が揃うのは、随分と先になるんだろうと思うと、残念な気分になる。ぼんやりと歩いていたら、段差につまずく。両側から腕を取られて転がるのは阻止してもらった。
「ママ、大丈夫ですか? 」
レイが前から支えてくれているし、悟空も同様に心配そうな顔をしている。
「疲れてるんじゃねぇーの? ママ。やっぱ、俺らだけで行って来るぜ? 」
「いや、ちょっと考え事してて足元見てなかっただけだ。ごめんごめん。」
「今日は多目に昼寝をしてください、ニール。」
「はいはい、了解だよ、ティエリア。」
無口な黒子猫は、赤銅色の瞳で睨んでいるが、心配しているというのは伝わってくる。残念だなんだと言ってる場合じゃないな、と、苦笑してニールも歩き出す。そんなことよりも、子猫たちの休暇を楽しいものにすることのほうが先決だ。
スーパーで材料を買って、他にもあっちこっちと見て、ぶらぶらと公園を散歩して帰ってきたら、寺には歌姫様が待っていた。そして、坊主は逃亡したらしく留守になっていた。メシは残しておけ、という伝言付きだった。
「どこへ行ったんだろ? 」
「三蔵のことだから、どっかのゲーセンかパチンコだろ? 」
どうも、坊主は歌姫様が苦手だ。だから、女房がいなければ逃亡するらしい。まあ、いいか、と、ニールも台所に向かう。
「レイ、プリンやってくれるか? 」
「はい。タルトのほうは? 」
「では、私が手伝います。フルーツのタルトですか? ママ。」
いそいそと歌姫様も参戦する。料理をするのが気晴らしになるというので、ニールも手伝いはさせる。じゃあ、タルト生地を練ってくれ、と、用事を言い渡す。
「刹那、ティエリア、庭の野菜に水やって草むしりしてくれ。」
そして、家事能力の無い子猫たちには、別の用事を言い渡すのも忘れない。そうしないと、にゃあにゃあと纏わりついて動けない。子猫たちは命じられると、さくさくと庭へ飛び出していく。
「今日は休みか? ラクス。」
作品名:こらぼでほすと ケーキ4 作家名:篠義