贈り物
「さぁて、次は温泉街と外湯だ!」
アムロがそう言って身支度を始める。とても美味しい夕食を腹いっぱいに堪能した直後だというのに。
「本当に行く気かい?外はかなり冷え込んできてるぞ。君は寒いのは苦手だろう」
「丹前(たんぜん)を羽織ってけば、結構暖かいんだぜ。それに外湯の方が熱いから平気だよ〜って、ああ、そうか。貴方は熱いのキライだもんな。だったら俺だけで行ってくるけど?」
意地の悪そうな笑みを浮かべるアムロに対し、シャアは根本的に違うと心の中で抗議していた。
君をたった一人で夜道を歩かせるような事を誰がするものか!普段でさえも君に魅せられる輩がいるというのに、湯上り姿など言語道断だ。ほんのりと赤く染まる頬や、浴衣の襟から少し覗く首筋や胸元。襲ってくれといわんばかりじゃないか。私が守らなくてどうする!
シャアは力説する自分に気付き、このままではいけないと、とりあえず冷静にならなくてはと、深呼吸して気持ちを切り替えた。
「熱い湯が苦手だからイヤだとは言ってない。腹ごなしに歩くのは丁度いいだろう」
「フフフ、無理しちゃって。さっきみたいにのぼせないようにしような」
「・・・大丈夫だ」
シャアは先程の露天風呂で少しだけ湯あたりを起こしたのだ。
(原因は・・・まぁ、その・・察してあげてください)
二人仲良く下駄を履き、温泉街へと並んで歩いて行くと、カラン、コロンと小気味のよい音が辺りに響く。
「いいな、この音」
「実に耳に心地好い音だ。こんな風にのんびりと歩くのも楽しいものだな」
「でも、流石に足先が冷えて来たな。早く温泉に入って温まろうぜ」
「そうだな。風邪を引いては元も子もないからな」
少し小走り気味になったアムロを追いかける様に、シャアも走って行く。
二人は外湯と温泉街を満喫して部屋に戻った。
アムロは部屋に入るなり籐椅子に倒れ込んだ。
「もぅダメ。苦しぃ〜」
「当たり前だ!夕食を沢山食べたというのに、更に買い食いする君が悪い」
「だって、とっても美味しそうだったんだ。トウモコロシもゆで卵もさ」
「明日でも明後日でも好きな時にまた行けばよい。なにも今、無理せずともよかったのだ」
「だってさ、あの甘い匂いには、逆らえなかったんだよ」
温泉街の店を見ている途中で、源泉で茹でたトウモコロシの甘い香りが漂ってきた。ふらふらと匂いに釣られていったアムロは、止せばいいのに、ゆで卵まで買って食べながら歩く。最初は調子の良かったアムロもだんだんと歩幅が小さくなり、ついには立ち止まってしまった。真っ青な顔をして俯くと、口元を押さえた。
食べ過ぎでその場を動けなくなったアムロは、シャアに抱きかかえられて旅館へと戻ってきたのだ。
(えっ!?なになに。よくアムロがシャアに大人しく抱かれていたと思うって?
それはもちろん、盛大に暴れてくれました。まだ人目につく所だったのでね。でもね、「君を黙らせる方法はいくらでもある。ココでしてもよいのかね?」と、意地悪く耳元で囁かれれば、流石のアムロも観念しました。顔をタオルで隠して、静かにシャアの腕の中に納まっていましたよ。)
「あーー、でも、ゴメンな。俺、重かっただろう?」
「そのぐらい大したことはない。さぁ、この胃薬を飲んで少し安静にしている事だな」
「・・・・薬いらない。静かにしてれば治るから」
顔をプイと背けるアムロに、シャアはこれ見よがしに大きなため息をつく。
シャアはアムロの傍にしゃがみ込むと、額に手を置き、熱を確認する。首筋の頸動脈にも触れたが、動悸の乱れもない。更に、頬に手を添えて顔を自分の方に向けて覗き込むが、顔色は別段悪くはなさそうだ。
「具合は良くなっているようだが、本当に大丈夫かね?まったく、君の薬嫌いにも困ったものだな。これに懲りて、せめて食べ過ぎには注意したまえよ」
「−−−分かったよ」
アムロがまるで叱られた子供の様にバツが悪そうな顔をして頷くので、「いい子だ」と額に口づけを落とす。
すると、シャアは自分の着ている浴衣の襟元が汗で濡れているのに気付いた。
「アムロ。私は部屋の露天風呂に入っているから、何かあれば呼びたまえ」
「ああ、ごゆっくりー」
手だけを振るアムロを残して、シャアは部屋付きの露天風呂に向った。