【シンジャ】発情期は恋の季節【C81】
「……分かりました。そうさせて頂きます」
こんなにも食べる事は出来無いという事を更に言うよりも、素直に彼女の言葉を聞き入れた方が良いだろうと思い、そう言って料理が盛り付けられた皿を彼女から受け取りその場を離れた。
シンドリアの至る場所に、今日は料理を食べたり酒を飲んだりする為の机がある。ほんの少し前までは大量にある机の殆どが埋まっていたのだが、宴が終わりに近づいている今は人のいない机が幾つかあった。
人のいる机では無く人のいない机を選んで机の方へと行き、その前にある椅子を引きそこへ腰を下ろす。人のいない机をわざわざ選んだのは、人が苦手だからでは無い。人が好きと言い切る事は出来無いが、人が嫌いという事は無い。人のいない机を選んだのは、先程まで慌ただしく走り回っていた為、落ち着いて食事がしたかったからである。
先程女性が盛り付けてくれた料理を口に運ぶと、香辛料や調味料によって味付けと香り付けがされている料理の味がぶわっと口の中に広がっていく。料理は大味をしていたが美味しかった。
空腹では無いと料理を食べるまでは思っていたのだが、気が付いていなかっただけで空腹になっていた事が、料理を食べる事によって分かった。それでも、容器から溢れてしまいそうなほど女性が盛った料理を全て食べる事は難しそうであった。食べられるだけ食べて残すしか無いだろうと思いながら料理を食べていると、楽しそうな笑い声が少し離れた場所から聞こえて来た。声が聞こえて来た方を軽く見ると、草食類の一族の者と肉食類の一族の者が談笑しながら酒を飲んでいた。
他の国では珍しい光景でそれはあるのだが、この国では全くそれは珍しい光景では無い。他の国では草食類の地位は肉食類よりも低いのだが、この国では肉食類と平等の地位である。その為、この国には何人も草食類の官がいた。
種族による優劣の無い平等な国でこの国があるのは、シンドバッドが種族による優劣を嫌っているからである。駄目な所が全く無い聖人君主という訳では、彼は無い。仕事を放り出して女性の元に行ったり酒を飲み過ぎて粗相をしたりする事もあったが、シンドバッドは立派な人間であった。自分が全てを捧げても良いと思い彼に仕えているのは、そんな彼の性格に感銘を受けたからである。
大型肉食類であるというのに、草食類の自分を出会った時から彼は見下さなかった。昔の事を思い出しながら、先程下級武官たちとわいわいと酒を飲んでいる姿を見かけたシンドバッドの姿を探した。シンドバッドが彼らと酒を飲んでいたのは、今日が無礼講だからでは無い。普段から彼は気にせず、下級武官などとも酒を飲んでいた。
先程までいた場所には、シンドバッドと共に酒を飲んでいた武官たちの姿はあったが彼の姿は無かった。彼らの元を離れて何処かへ行ったようである。何処で何をしているのだろうかという事を思いながら料理を食べる手を止め、周りを見ていく。
(またあの人は……)
シンドバッドの姿を見付ける事が出来たのだが、彼の姿を見付けると同時に落胆した。階段を上がった場所にある椅子に座っているシンドバッドは、はしたないと思ってしまうほど露出の激しい格好をした女性に囲まれていた。しかもただ囲まれているだけで無く、膝に女性を複数乗せ周りにいる女性に胸を手や肩に押しつけられる姿に彼はなっていた。
その状況を彼が楽しんでいる事は、シンドバッドの顔から明らかであった。だらしない顔をする男では無いのでだらしない顔はしていなかったが、シンドバッドの顔は今の状況を楽しんでいるものであった。下品な遊びを楽しんでいる彼の姿を見るのは、これが初めてという訳では無い。それどころか、見慣れてしまうほど見た事があった。それでも今の彼の姿を見て失望するだけで無く、先程思った立派な人間であるということを取り消したい気持ちになった。
普段であれば下品な遊びをしている彼に苦言を言いに行っていたのだが、今日はそれをするつもりは無い。それをするつもりが無いのは、無礼講である宴の最中であるからである。
シンドバッドの周りにいる女性は、少し離れた場所であるここからでも分かるほどの美人ばかりであった。発情期は昨日で終わった筈であるが、発情期の時期以外も女性と頻繁に遊んでいる彼の事であるので、彼女たちのうちの誰かと夜を過ごすのだろう。
彼が黒豹の一族で無ければ、今頃王宮が彼の子供で溢れていただろう。発情期以外も頻繁に女性と遊んでいるというのに、シンドバッドの子供を身籠もった女性は一人もいない。それは、彼が上手くやっているからだけでは無い。黒豹の一族との間には子供が出来難いからである。子供を作る事も妻を娶るつもりも無いというのに彼が気軽に女性と関係を持っているのは、その事が分かっているからなのだろう。
子供が出来難い一族で無ければ、今よりも女性関係が大人しかったのかもしれない。そう思い女性関係が大人しいシンドバッドを想像しようとしたのだが、出会った当時から女性関係が派手であった為なのか、全く想像する事が出来無かった。それだけで無く、女性関係が地味な彼は彼では無いと思ってしまった。
いつまでも下品な遊びをしているシンドバッドを眺めているつもりは無かった。シンドバッドから視線を離すつもりであったのだが、視線を離す前に彼と視線が合った。
下品な遊びをしている姿を見られた事を恥ずかしく思うような男では、彼は無い。下品な遊びをしている所を政務官であり長年の臣下である自分に見られた事を気にしている様子は全く無かった。羞恥心が欠けているシンドバッドに対して内心溜息を吐いていると、シンドバッドは膝に乗っている女性を下ろし椅子から立ち上がった。
自分に視線が向かったままとなっている事と、彼が向かっている方向が自分のいる方向であった事から、彼が自分の元に来るつもりであるのだという事が分かった。何の用があって自分の元に来ているのだろうかという事を考えているうちに、シンドバッドは自分の元へとやって来た。
「ジャーファル」
「何か用ですか?」
「言い方が冷たいぞ」
冷たい態度で言ったのは、先程まで下品な遊びをシンドバッドがしていたからである。何故自分の態度が冷たいものになっているのかという事に気が付いていない筈は無いのだが、シンドバッドはその事に気が付いていないかのような態度であった。
「あんな恥知らずな姿を見れば、冷たくもなりますよ」
「はははは」
シンドバッドの心に自分の言葉が突き刺さる事が無いという事は分かって言ったのだが、それでも全く自分の言葉を気にしていない彼の姿を見て腹が立った。普段であれば小言を更に続けるのだが、宴の最中であるので小言を並べるのは今日は止めておく事にした。
「彼女たちがあなたが戻って来るのを待っていますよ。何も用が無いのでしたら、早く戻ってあげて下さい」
作品名:【シンジャ】発情期は恋の季節【C81】 作家名:蜂巣さくら