こらぼでほすと ケーキ7
店では、明日からの限定イベントに向けて衣装合わせが行なわれていた。イベント前日とあって、お客様は少ない。今夜は二組のお客様で終わりだ。お客様がお帰りになったら内装も、ひな祭りらしく弄る。火毛氈を引き、七段飾りの豪華なひな飾りや、親王飾りを、あっちこっちに配置する。そして、明日には桃の花が生木のまま配置という手筈だ。
「これ、動きにくい。」
キラは内裏様の衣装で、ぶーぶーと文句を垂れている。今回は、全員が雛飾りの衣装を身につけることになっている。内裏、左右大臣、五人囃子の衣装だから、大掛かりであるだけに動きづらいものとなっている。毎年、このイベントは、この衣装を着用しているが、一年に一度のことだから、みな、慣れないままである。
「どうして僕が三人官女なんですか? アスラン。」
「すいません、八戒さん、雛飾りを全部表現すると三人だけ女性役が必要なんです。」
三人官女は八戒、シン、レイだ。いつも包に身を包んでいるのに、今回だけは着物ということになったのだが、女性役は綺麗どころがいいだろうということで、そこいらが配役された。左右大臣の衣装は虎と鷹。内裏はキラと悟空。残りは五人囃子の衣装だが、坊主とアスランは牛車を引く子供の衣装だ、所謂ところの牛若丸スタイルで、地味なものだった。おそらく歌姫の指定であるのだろう。バックヤードの面子は、さすがに動きづらいのはサービスに問題が出るから、いつものようにバーテン姿ということになっている。
ぎゃあぎゃあと文句を吐きつつ、事務室で衣装合わせが行なわれているのだが、そこへ刹那とティエリアがやってきた。飛んで火に入る夏の虫とは、このことを言う。
「刹那、ティエリア、どうしたの? 」
かっぽらかっぽらと木靴を鳴らせてキラが近寄る。異様な集団に、子猫たちもたじろくが、そんなことを言ってる場合ではない。事情を説明したら、キラはニパッと笑顔になった。
「それならいいよ。もちろん、各地域の情報はオープンで検索できるようにしてあげるけど、他はダメだからね? ティエリア。」
「ああ、それで結構だ。」
「でも、それには、ひとつ条件がある。」
ニパニパと笑ったキラは背後にいるアスランに首を傾げる。アスランも軽く瞬きで応じている辺り、以心伝心できている。
「間に合うと思うよ? キラ。」
「うふふふ・・・それじゃあ、明日と明後日は店の仕事をしてくれたらね? 」
予備の衣装があるから、それを着せれば、子猫たちもホストとして働いてもらえる。出来れば予備ではなく、キラの両側に並ぶ童女なんてものがいいなあーとキラは考えているし、アスランのほうも明日、連絡すれば衣装は確保できるだろうと算段している。
「しかし、時間が・・・」
「夕方まで僕もラボで手伝うから、二日あればデータは集められるよ? ティエリア。ママが目を覚ますのは明後日の夜以降だってドクターが言ってたから、店のほうを手伝ってくれても間に合う。そうじゃないとラボの出入り禁止。」
確かにキラが手伝ってくれれば、時間は格段に短縮される。それに、ギブアンドテイクだ。使わせてもらうなら、それの見返りは必要だ。刹那は、「了解した。」 と、ふたつ返事だ。ティエリアも渋々ながら頷いた。
『吉祥富貴』のひな祭りイベントは限定二日。前日と当日ということになっている。その日のお知らせは上得意のお客様たちには連絡しているから、予約も入っている。内装も和テイストにされ、あっちこっちにひな壇が飾られ桃の花も配置される。お客様は、みな、女性だから、女性の節句ということで、白酒やひなあられも準備されている。食事をされるお客様には、ハマグリのお吸い物とちらし寿司、和風のオードブルなんてものが用意され、ホストのもてなしでお祝いをするという内容だ。
翌日、夕刻までラボでデータを集積させて分析していたキラとティエリア、それから整備の手伝いをしていた刹那が店に入ると、すでに豪華な感じの桃の花が配置されていた。
「おまえらのは、こっちだ。」
虎が黒の左大臣衣装で案内してくれる。すでに着替えた面々はホールで、うろうろしていた。
刹那とティエリアはキラの傍に侍る童女の衣装だ。まだ動きやすいものではあるのだが、それでも動くには難儀する。
「きみたちはサプライズだから、白酒とひなあられの配達が担当だ。お客様が席に着かれて落ち着いたら、それを運んでくれ。」
フロアマネージャーのアスランが、仕事の分担を説明する。本日は、八戒による気功波は休みであるから、お客様は入店すると、すぐに席につく。そこへ和テイストな童女姿の子猫たちが、ウエルカムドリンクということで白酒とひなあられを届ける。後は、指名されたホストによるおもてなしになるから、子猫たちは下がって次の客ということになる。
「アスラン、ティエニャンにはウィッグも用意すればよかったのに。」
「そこまでは無理ですよ、ムウさん。衣装はサイズがあるからいいですが、ウィッグは色が難しい。」
刹那の分なら黒髪だから用意できたのだが、ティエリアの紫の髪と同じ色のものは注文生産しなければならない。だから、アスランも、そこまではしなかった。
「まあ、いいんじゃね? 童女はおかっぱってのが定番だ。」
オレンジ色の右大臣衣装の鷹の言葉に、五人囃子衣装のハイネがツッコむ。こちらもキラを送迎してきたから、ようやく衣装をつけている。今回は鬘までは準備していないから、ホストたちもみな、素の頭のままだ。とはいうものの、顔立ちが煌びやかなものばかりだから、十分、派手で豪華になっている。
「アスラン、そろそろミーティングをしましょう。お客様の予約時間まで三十分を切りました。」
「了解です、八戒さん。」
ほぼ全員が衣装をつけ終わったのを確認して、八戒が声をかける。その八戒は、官女の姿だ。背後には、五人囃子姿の亭主がへばりついているが、八戒は気にした素振りもなく店表に歩いていく。
「今夜は、九組のお客様だ。・・・・なるべく指名ホストが被らないように調整はしているが、お客様がおひとりにならないように気をつけてくれ。もし、バッティングしたらトダカさん、ダコスタ、フォローをお願いします。ウエルカムドリンクは刹那とティエリアが運ぶから、そのつもりで。万が一、刹那たちに声がかかっても指名できないと言ってくれ。・・・・シン、レイ、玄関でのお出迎えを頼む。最初は分刻みになるから、悟浄さん、ハイネ、そちらのフォローをお願いします。八戒さんの気功波サービスは今夜はないことも説明してください。キラ、何かある? 」
さくさくと今夜のスケジュールや準備しているものなどを説明して、アスランはナンバーワンホストに声をかける。
「今夜は、お客様はお雛様だからね。えーっと、お姫様ってことだから、そういうふうに声をかけてくださーい。」
「それ、いつも通りってことでいいんですか? キラさん。」
「いつも通りなんだが、呼び方を、『宮様』とか『おひいさま』とか言ってもらえると雰囲気が出るんだぜ、レイ。」
作品名:こらぼでほすと ケーキ7 作家名:篠義