こらぼでほすと ケーキ8
革靴では寒いだろう、と、ニールがブーツを買ってくれた。昨日も今日も気温が低くて寒かったのだが、ブーツのお陰で足元の防寒はできていた。だから、これでいい、と、紫子猫は鳴く。
「・・・わかった。アレハレが戻ったら、速やかに教えろよ? おまえさんのケーキも、ちゃんと焼きたいんだ。」
「了解した。」
不在のバカたちのために、ニールはケーキを用意していた。ああやって、自分の分も用意したいのだ、と、言われるとこそばゆいが嬉しい。逢えなくても気にかけてくれていることがわかった。たぶん、組織が再始動して長い時間、会えなくなっても、親猫は陰膳をしてくれるのだろう。そう思うと嬉しい。
「おまえさんたち、みんな、俺のケーキを食ってくれないからなあ。」
子猫たちは、みな、誕生日ケーキなんてものと無縁だ。誕生日を知っていても、その日に現れることはないし、ティエリアにいたっては誕生日すら教えてくれない。だから、誰も、その日にケーキを食べてくれることはない。
「俺は食っている。」
「それは、普通の日のケーキ。おまえさんの誕生日に、俺は逢えた試しがないぞ? 刹那。」
「・・・・何年かすれば、食えるはずだ。それまで待っていてくれ、ニール。・・・これ。あんたが生まれたことに感謝する。」
刹那がポケットから取り出したのは、小さな石だった。タマゴ大の石だが、親猫の手に渡すと、光の反射でキラキラと輝く。
「ん? これ、なんだ? 」
「アフリカの中央部の石だ。光って綺麗だったから拾った。」
実際は、アフリカの採石場で買ったものだ。ダイヤの原石が、たくさん入っている。買ったと言うと叱られるから、刹那は拾ったと言う。何回か、こうやって石を渡しているが、親猫は寺の自室に飾ってくれている。並んでいる数だけ、刹那は旅をしていた。壊れなくて綺麗なものを、と、考えていたら、いつの間にか石になった。変らずに親猫の傍にあれば、自分の代わりにもなるし換金もできるだろうと考えたからだ。これからどうなるのか解らない。せめて、何かしら親猫の慰めになるものを、と、黒子猫も一生懸命に考えた。
「石英かな? ぴかぴかしてる。」
「種類はわからない。拾っただけだからな。」
「ありがとう、刹那。俺ばかり貰って悪いな。」
「あんた、俺の衣服だの食事だのを用意しているだろ? それでチャラだ。」
「でも、今回は何もしてないぞ? 」
「弁当はしてもらった。うまかった。」
「それ、安いもんだぜ? 」
「俺には十分だ。あんたは横になれ。・・・俺も寝る。」
あまり長時間、引き延ばすな、と、ドクターにも言われているので、黒子猫はぶっきらぼうに、そう言うとシャワールームへ消える。化粧もされていたので顔だけは洗いたかった。それに、子猫が二匹もにゃーにゃーと騒いでいては、親猫は眠らないからだ。
ティエリアにも、その石の正体は判らなかった。もちろん、検査機械があれば、即座に高額のものだと理解しただろうが、ただの石を目にするぐらいでは無理だ。
「ニール、刹那は、いつも石を渡しているんですか? 」
「ああ、帰って来る度に、拾った石をくれる。いろんな大陸の石を訪れた証拠に俺にくれるんだ。どこのかわかんなくなるから、タグをつけて保管しているよ。」
どこそこの石だ、と、黒子猫がくれるので、場所と日付をシールに書いて貼っている。三年で随分と、それも溜まった。いろんな色の石が手元にある。
それが刹那の放浪の旅の成果だ。情報などはニールの目に触れないが、それだけは刹那の旅の場所を教えてくれる。その石を、たまに眺めて想像するのも楽しい作業だ。
「では、誕生日祝いというわけでもないんですね? 」
「どうなんだろうな? 俺も、そんなつもりで受け取ってないしなあ。」
「俺には、そういうものがない。」
「欲しかったら、これ持って帰るか? 」
「違います。あなたに自分の成果を見せることはできないという意味です。」
組織で再始動の準備をしているティエリアには、その成果を形にして親猫に見せることはできない。進行具合なんか教えたら、組織の情報を親猫に知らせることになってしまう。
「成果? 別に、おまえさんが顔を出してくれるのが何よりの成果だと思うけど? 」
「はい? 」
「重力が嫌いなティエリアが降りてくるっていうのは、かなり俺としては嬉しいことなんだけどな? 」
ティエリアは重力に束縛されるのが嫌いだ。だから、組織でも地上降下は、ほとんどしていない。ナチュラルな人間ではないから、そのように身体が作られているので、重力から外れても体調は崩れないからだ。そのティエリアが半年に一度でも、地上に降りて顔を合わせてくれるのは、ニールのためだ。そう考えると嬉しいのだと説明してくれる。
「あなたが、俺たちの顔を見せないと心配するからっっ。」
「うん、だから、安心させてもらってる。・・・・これからは、しばらく無理なんだろうけど・・・元気でな? ティエリア。」
ニールだってティエリアが、いつもと違う時期に降りて来た理由ぐらいは察しが着く。そろそろリミットなのだ。だから、刹那の捕獲にやってきた。たぶん、長ければ数年は、顔を合わせるのは難しくなる。
「・・・ニール。」
「何にもしてやれないけど、待ってるさ。落ち着いたら、また顔を見せてくれ。その時にはアレハレも連れて来いよ? 」
刹那は、まだ戻って来る。だから、刹那のいない時に挨拶をする。ティエリアもはっとして俯く。確かに、それぐらいのことは察しられてしまってもおかしくはない。違うとは言えない。実際、明日、軌道エレベーターに乗れば、再始動が完了するまでは逢うのが難しくなる。とはいうものの、キラの暴挙で一年もしたら逢えるのだが、今は誰も、そのことは知らない。
「・・・・・待っていてください。あのバカたちの首に縄をつけて連れて来ます。不在の謝罪をさせますから。」
「ああ、その時には、おまえさんの誕生日も吐いてもらうからな? 」
「あなたも無理しないようにしてください。おかしくなっても、すぐには降りて来られない。」
「わかってるよ。もう、あんなことはない。のんびり寺の女房をやっておく。」
「必ず、必ず帰って来ます。」
「もちろんだ。そうじゃないと、俺はおかしくなるからな? 覚悟しとけ。」
あははは・・・と、親猫が大笑いする。自覚はあるのだろう。アレハレの行方不明で、かなりおかしくなってティエリアが降りて来て傍に居たから元に戻った。おまえたちか消えたら、俺も消えるぞ? と、脅しているのだ。そうならないためには生きて戻って来なければならない。
「覚悟はしています。あなたには俺たちが必要だ。」
「そうそう、俺には、おまえさんたちが必要なんだ。」
作品名:こらぼでほすと ケーキ8 作家名:篠義